まじさん

プレステージのまじさんのレビュー・感想・評価

プレステージ(2006年製作の映画)
3.4
【マジシャンがタネよりも知られたくなかったマジックの黒歴史】
随分と前に劇場で鑑賞したが『グランド・イリュージョン』のレビューで触れたので、こちらの作品も見直してレビューを書いてみる。
マジックが好きで、マジックの歴史に触れた事のある私にとって、この映画の舞台となるボードビル時代は特別な時代である。この時代はマジックが最も輝いた時代で、エンターテイメントの頂点にあった。この映画は、その時代に生きる二人のマジシャンの対決を描き、緊張感のあるスリリングで、知的好奇心を刺激されるエンターテイメントに仕上がっている。複数のエピソードが複雑に絡み合って、それらが感動的に繋がる。一人の天才マジシャンに、金と努力で地位を手に入れた人気マジシャンが嫉妬する。そして、越えてはならない一線を越える。まさに『アマデウス』のマジシャン版と言えよう。
映画ファンとして、この作品は文句なしの満足いく映画であったが、マジック好きの私としては、実は、とても苦しくて辛い気持ちになってしまった。
この映画にはマジックシーンの演出に、デビッド・カッパーフィールドが関わっている。瞬間移動を表現するのに、ボールをワンバウンドさせるアイデアは、彼の手によるものだと思う。自分で投げたボールを自分でキャッチする演出は、とてもシンプルだが、現実では難しいトリックをスピード感を上げてリアルにみせる、効果的なミスディレクションとなっている。
また、マジシャンと言う人種が、より不思議でエキサイティングなショーを求めて、ストイックにエスカレートして行く生き物である事をよく捉えていると思う。それらを、マジックが最も華やかだったボードビル時代を舞台にして、リアルに描いている。

ストーリーの重要な発端となる水槽のマジックは、実在した偉大なマジシャン、ハリー・フーディーニの得意とした「中華水牢」をモデルとしている。実際には、マジシャン本人が、手錠、足枷を着け、逆さに吊り上げられ、頭から水槽に入れられると言う、ショッキングなビジュアルの脱出マジックであるが、映画では助手が入れられると言う演出がなされている。ボードビル時代を象徴とする、この脱出マジックを巧みに取り入れた脚本に脱帽した。

また、わずかな登場ではあったが、当時実在した中国魔術師のチャン・リン・スーが出てきたのは、マジック愛好家としてとても嬉しい。実在の彼は常に弁髪でチャイナ服を纏い、普段からも舞台用の濃いメイクをし、いつも中国語を話し、助手に通訳させていた。中国風にデザインされた道具を使った彼のショーは、オリエンタルなマジックと称賛され、一世を風靡した。この謎の中国人の正体が世間に発覚したのは、得意演技である「弾丸受け止め術」で失敗し、命を落とした時である。彼の遺体は病院に運ばれ、検屍のためにメイクを落としたら、なんと「白人男性」が現れたのである。この逸話は映画には語られないが「マジシャンは日常生活から演技をしている」と言う例えを、チャン・リン・スーが出てくるシーンで説明しているのは、マジック愛好家を唸らせるシーンである。

マジック好きとしては、そんな喜ばしい部分もあるのだが、この映画にはマジックの黒歴史とも言うべき、誰にも知られたくなかった恥部が、この作品の鍵として描かれている事が、とても胸を締め付けられる思いをした。
それはハトのマジックである。カゴの中から消えたハトは、仕掛けの中で殺され、再び出てきたハトは別のハトだというものだ。
この残酷なトリックは、一般的ではない。このトリックを実際に使うマジシャンはいないだろう。ちゃんとハトを生かしたまま同じマジックをする事ができるからだ。だが、この残酷なトリックは、確かに当時はごく一部の間で実在した。勿論、現在はこの非効率なトリックを使うマジシャンはいないのだが、ハトを使うマジックのタネがみんな、この映画の為に誤解される事を恐れずにはいられない。誰もやらないトリックだと言っても、エンターテイメントの為に動物を殺す行為がマジックの歴史の中に刻まれている事は、紛れもない事実である。そうではないと声を大にして言いたくても、マジックの命であるタネを明かす訳にはいかず、それを証明する事ができないジレンマに悩まされる。一度は動物を使った事があるマジシャンにとって、触れられたくない黒歴史が、この映画に描かれているのである。