半兵衛

霧の波止場の半兵衛のレビュー・感想・評価

霧の波止場(1938年製作の映画)
4.2
日活アクション映画にはたびたび霧に覆われた波止場(大抵は横浜)が登場するが、その元ネタの一つになったのがこの映画だと思う。そこに住まう裏街道に生きるわけありの登場人物、そこに迷い混んだ主人公という設定も日活っぽい。ただこの映画はそれらの亜流作品よりもレベルが数段も違う。

セットとはわからない作り込こまれた港町の風景、そこに暮らすアウトローたちや訳ありの人たちを見事に演じる役者、詩人でもあった脚本家ジャック・プレヴェールの洗練された台詞や、裏町に生きる人間の様々な思惑を巧みに描いた展開、フランス映画全盛期の豊かな味わい…それらをマルセル・カルネのクールな中に温かい優しさを秘めた演出が纏めて、大人のおとぎ話といえる詩的ながらどこかリアルという独特なドラマに仕上げている。

冷徹そうだが、実は心優しい脱走兵の主人公を演じるジャン・ギャバンや、義父との関係に悩み裏町をさ迷うヒロインを演じるミシェル・モルガンも良いが、何と言ってもヒロインの義父でもあり、様々な悪事に手を染めている狡猾な雑貨屋の店主ミシェル・シモンの怪演が圧倒的。伊藤雄之助や三國連太郎を思わせるアクの強い悪人演技と併せて、彼独特の愛嬌や、モルガンに迫るときの嫌らしさの中に、自虐と恋情に悶え苦しむニュアンスを差し込んだ演技が怪混ぜになって、この映画一番の悪党のくせにどこか憎めない不思議なキャラクターになっている。そしてギャバンになつく犬の名演(最初は一方的についてきたが、いつしかギャバンが犬を連れていくようになっているのも泣かせる)。「水戸黄門」(山中貞雄脚本版)、「眠狂四郎女妖剣」と並ぶ犬映画の名作だと思う。

愛に希望を見いだした二人に訪れる残酷な結末も印象的で、哀しい渋さが余韻として残る。
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