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誘拐報道のtakのレビュー・感想・評価

誘拐報道(1982年製作の映画)
3.2
映画に夢中になり始めた頃、高校1年の夏休み。映画好きの叔父が湯布院映画祭に連れて行ってくれた。新旧様々な邦画の上映と出演者や監督、評論家のお話が聞けるシンポジウムがセットされている素敵な映画祭。その日観た映画は2本。内田裕也主演の「水のないプール」、そしてもう1本は一般公開前の最新作だった「誘拐報道」。2022年9月にBS日テレの録画でウン十年ぶり再鑑賞。

実際に宝塚市で起こった誘拐事件を追った読売新聞の取材ドキュメンタリーを映画化したもの。人命尊重の為に事件の報道をしない「報道協定」が結ばれる。新聞各社がなんとか情報を得ようと喰らいつく様子、警察が犯人逮捕のために張り込んだのがバレて人質解放に時間が要したエピソードが描かれる。

(もうすぐ)16歳だった当時の僕は、この最新作をなんか煮え切らない気持ちで観ていた。だって萩原健一演ずる誘拐犯の話がほとんどで、タイトルにある報道の現場は映画の前半と後半に大きな見せ場があるくらい。そもそも取材ができないのだから、小さなエピソードが挟まる程度しか映画の中では描けないのだ。「報道」の話はどこ行っちゃたのさ。犯人の妻を演じた小柳ルミ子の熱演や、丹波哲郎、伊東四朗、秋吉久美子などなど脇役まで豪華なキャスティングなのは、お子ちゃまだった僕にもすげえと思えた。次第に誘拐した少年に情が移っていく萩原健一も心に残った。だけど「報道」の現場が四苦八苦する様子こそもっと観たかった。改めて今観てもその印象はそれ程変わらない。

新聞各社の間で報道協定が結ばれて、犯人逮捕や人質救出があるまでは報道をしない約束をする。しかし、警察が公式に協定を守る必要がなくなったと発表する時刻よりも前に、読売新聞はヘリを飛ばして取材をした。丹波哲郎演ずる部長さんが「報道協定は報道管制じゃない。協定の精神は守った」と言う。制約がある中でいち早く速報を出すことができたことを誇りたいのが、実名での映画化を認めた新聞社の気持ちなのだろうが、ラスト10分足らずでそのエピソードを語られたくらいで、トランシーバー持って警察のトイレに居座ったり、警察車両の下に潜り込んで会話を盗み聞きするエピソードは出てくるが、全体的な悲壮感漂うムードの中では埋もれてしまっている。コンプライアンスが叫ばれる令和の世で観ると、いいんかい?と思える場面も多々ある。製作意図の食い違いはあるのだろうが、描かれる人間模様には引き込まれてしまう。

「うち、お父ちゃん好きや!」
子役時代の高橋かおり。力のこもったひと言が心に刻まれる。

さて。湯布院映画祭ではこの映画の上映後にシンポジウムが行われた。現れたのはプロデューサーと新人記者を演じたデビュー当時の宅麻伸。僕も大人に混じって参加したのだが、なんか盛り上がらなかった空気をなんとなく覚えている。だって、その数時間前にあった「水のないプール」のシンポジウムは、若松孝二監督、内田裕也、安岡力也などが現れてめちゃくちゃ盛り上がったのだ(詳しくは「水のないプール」レビューを参照)。その熱量の差はお子ちゃまだった僕にも明らかだった。

Wikiによると、参加予定だった伊藤監督らが他の映画祭での上映を優先した為に、湯布院映画祭を欠席していたんだとか。冷め切った会場に内田裕也が突然現れて、「東映は湯布院映画祭をナメてる。東京に戻ったらキツく言っておく!」と発言し喝采を浴びた、と記載がある。僕はその場にいたのだけれど、何が起こったのかよく覚えていない。でもなんか周りが拍手していたのは、ハッキリと覚えている。
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