odyss

愛と死をみつめてのodyssのレビュー・感想・評価

愛と死をみつめて(1964年製作の映画)
3.0
【元祖・難病もの?】

BS録画にて。
前回の東京オリンピックの年に公開されて大ヒットした映画。

原作は実在の恋人同士の文通を書籍化したもの。女性のほうが難病により途中で死んでしまうという、まるで映画みたいな顛末。ベストセラーになり、ついには映画化までされて、それもまた大ヒット。あの頃の日本人の精神的な一側面を感じさせる社会的な現象だったと思います。

この映画が公開された当時私は小学6年生。
映画は私の住んでいた田舎町にも来ましたが、当時親が連れて行ってくれる映画というと怪獣映画とか忍者物とかそんなところで、これは小学生向きではないと思われたせいか、未見に終わりました。街角に立てられていた映画看板の、眼帯をつけた小百合さんの顔は、今でもよく覚えているのですが。

というわけで、半世紀あまりをへてようやく初鑑賞。
モノクロ映画だったんだな、というのが最初の印象。
いわゆる娯楽色の薄い映画、或いは純文学的な映画だからでしょうか。

そして舞台が大阪。私は東京の話かとばかり思っていました。ただしカップルの男性(マコ:浜田光夫)のほうは中央大生なので東京ですが、女性(ミコ:吉永小百合)は同志社大生なんですね(出身は兵庫県)。今で言う遠距離恋愛だったというわけです。ヒロインは病気で阪大病院に入院するのです。

なので、映画内では小百合さんは関西弁をしゃべっているのですが、小百合はんの関西弁、ちょっとあかんのと違いまっか(笑)? 文字にすると関西弁だけど、イントネーションが全然出来てませんね。

今の目から見ると、当時の病院内の様子も興味深い。
小百合さんは最初は大きな病室(一人部屋)に入っている。
しかし、自炊しているのですね。部屋に自炊設備と、客の宿泊するベッドも備え付けてある。恋人・浜田光夫と一緒に、市場に買物に出かけたりもしている。
山奥の温泉湯治場なら自炊もあることは知っていましたが、阪大病院でも昭和30年代にはこういう形式だったのですね。(ただし病院食もある。作品後半では、病状が悪化したこともあり、病院食になっています。)

また、小百合さんは元気なうちは他の患者の洗濯物を洗ったりして、患者同士が協力し合っている。今なら入院患者に他の患者の洗濯物を洗わせるなど、とても考えられないでしょう。むろん、衛生上の問題があるからです。自炊だって、患者の栄養管理という視点が強くなっている昨今ではアリエネーじゃないかな。

やがて経済的な問題もあって4人部屋に移るのですが、そこでは小百合さんはネズミ退治を他の患者と一緒になってやっている。病室にネズミが出る、なんてのも昭和30年代的ですね。今なら考えられない。だいたい、そんな病院、評判が悪くなって患者が誰も来なくなるでしょう。

医師が患者の前でタバコを吸っている、なんてのも昭和30年代的。

というわけで、若い恋人同士のやりとりも悪くはないのですが、病院内の様子がとても面白かったわけなのでした。

変な見方で済みません。原作者女性(大島みち子さん:映画では小島道子)のご冥福を、遅ればせながらお祈り申し上げます。
odyss

odyss