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青春の夢いまいづこのshunsukehのレビュー・感想・評価

青春の夢いまいづこ(1932年製作の映画)
3.0
時代背景は、恐らく、凄まじい就職難。大卒人口は少ないはずなのに、なかなか就職先を見つけられない
斎木、熊田、島崎は、大学生として青春を謳歌し、友情を育むも、就職難の波に飲み込まれる。行き詰まり、大学を去って父の会社を継いだ友人哲夫に泣きついて雇ってもらう。言い換えれば、友情を食い扶持を得るための手段にした。それは、彼らが生きていくためには仕方がないことだった。少なくとも彼らはそう思った。そして、その職を失うことを恐れた。そうなっても何とかなるとは思えなかった。彼らはそれにしがみつくために友情にすがりついた。その後ろめたさが、哲夫が自分たちの雇い主であること以上に、彼らを卑屈にしたのではないか。青春の定義は難しいが、この時点で彼らの青春は終っている。
一方、いち早く実業の世界に飛び込んだ哲夫は、とうに青春から卒業しているのかと思いきや、逆に一番それを引きずっている。友人たちの入社試験でカンニングを仕組んだのは、友人からの懇願に応じただけではなく、自らがそれをゲームを楽しんでいるかのようだ。哲夫の、友人が自分に対して卑屈になったことを責める独善性や未成熟な想像力は青春の一側面だろうと思う。
哲夫が鉄拳も含めた力業で押し切って、彼らの学生の頃の友情とその関係性を復活させたようにも見えるが、本当にそれが復活したのかは疑わしい。なぜなら、斎木、熊田、島崎が食い扶持を失うことへの恐れは変らず、そのために彼らは哲夫の言うことを聞いたに過ぎないかもしれないからだ。
なので、この映画の題名が「青春の夢いまいづこ」となるのだろう。
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