あなぐらむ

インファナル・アフェアのあなぐらむのレビュー・感想・評価

インファナル・アフェア(2002年製作の映画)
4.9
ムービープラスで吹替版を再鑑賞。山路さんのトニー・レオンって地声と全然声質違うんだけど、なんかいいよね。

幾多の傑作を生んできた香港映画の「潜入捜査もの」の系譜の決定版として、まず本作はある。「友は風の彼方に」、「ハードボイルド」。香港警察映画にずっとこのジャンルがあるのは、道教を重んじる香港という土地柄と、冒頭にエリック・ツァンが言ってるように「幾多の屍の上に王が居る」という中華圏文化に強くある「裏切り」「背信」、あるいは「犬になる」という行為で自らの生を凌いでいくという非常にドライな精神的土壌の産物である。
本作が一番画期的だったのは、背信者の相互乗り入れを行った事だ。警察とヤクザ組織の両方に「犬」が居る状態。これは日本では実現し得ない設定(血縁者にその筋の人間がいた場合には警官にはなれない)だが、香港のような狭い「経済地域」(アメリカは州や市によって警察組織が違うのでこれは可能)ではやれない事は無いという設定上の「リアリティ」を獲得している。
アンディとトニー、W主演であるという前提でもあろうが、面白かったのは、トニーに「ハードボイルド」と同じく警察の犬をやらせる一方で、基本正義の側(というか物語上の倫理的に良い人側)にアンディを置いた点が見事だった。これは後にも書くがアンディ自身の挑戦でもあった。物語が進むにつれ、この筋立てがラウの為のものだという事が見えてくる。クライマックスでヤンが言うように、警官である彼は(人をだましているという罪はあるにせよ)「お天道様に顔向けできないような事はやってない」のであって、それは正義の執行の為のものであるのに対して、ラウが日々やっている事は(マリーへの愛はともかく)全て背信行為だ。一度「無間道」に入った者には、責め苦しかない。
もっとも、キョン(チャップマン・トーが非常に上手く演じている)が死ぬ件でヤンも罪を犯している。それ故、彼も死ぬ事になる。見て行くとどんどん人が死ぬ。それは人を欺いていった(法の為とは言え)故であり、人を出し抜いて生き残ったからであり、そこに強い道教の信仰が響いてくるのだ。(香港返還後という事もあるのに、悪事を働いたラウが生き残るこのラストは、挑戦的だったと思われる。別エンディングが準備されるのは香港では割と普通に行われるが)

この物語のキーマンとなるヤクザのボス・サムをエリック・ツァンが堂々と演じている。ファニー・フェイスの彼の感情が読めない芝居が、この映画の強いスパイスになっている。対するアンソニー・ウォンは非常に理知的な上司として、怪優だった時代から綺麗に演技派へと転じ儲け役だ。
女優陣も豪華だ。当代二大歌姫・ケリー・チャンとサミー・チェンが並びたち、エルヴァ・シャオも重要な役柄で出演している。メディア・アジアらしいオールスター映画でこの重たい話をやるというのが素晴らしいのである。
若手のエディソン・チャンとショーン・ユーはアンドリュー・ラウ組でもあり、二作目でこの皮肉な二人の男の若き日をビターに演じていく。ショーンはほんとになんでも上手にこなすいい役者だと思う。

全部シリーズを見てからまた(主題歌のように)最初に戻ると、このラウの修羅の道がより一層強く感じれらる。「善人になりたい」。その捻じれた想いと重ねていく罪の重さを、正義漢たるルックスのアンディが淡々と演じる怖さ。最初からボタンをかけ違えている男の生きながらの地獄めぐりは、まさに「ノワール」である。

アンディとトニーが若い頃に共演した、エリック・ツァン監督「五虎将之決裂(蒼き獣たち)」が、この物語のオリジンであろう。
香港映画ファンの必須科目である。