そーた

花嫁のパパのそーたのレビュー・感想・評価

花嫁のパパ(1991年製作の映画)
4.2
色褪せない名作

すごく好きな映画をあげろと言われたら、まずはこの映画かな。

最初に見たのが高校生の時で、
ちょっと大袈裟なんだけれど、
どんな映画にもまして未知なワクワク感を感じたのを覚えています。

じゃあ、親になったいま、
もう一度見返したらどうだろうか。

そう思って久々に見てみれば
自分が親だということを忘れてしまうほどに、
やはり温かくて楽しい映画でした。

娘の結婚に過剰なまでに翻弄される父親の奮闘を、
ハートフルなタッチで描いたアメリカン・ホームコメディ。

大好きなスティーブ・マーティンの魅力は実は目に宿っていたんだと、
昔とは違った視点で見ることが出来たのはなんだかとても新鮮。

とにかく、スティーブ・マーティンは
ハプニングを笑いに変える天才なんだ。

日々の些細な出来事を、
小さなハプニングと捉え直して、
それを自然な形で笑いに変えていく。ここに、彼のコメディアンとしての非凡さを感じてしまいます。

それを端的に感じるのが、
婚約者の両親に会いに行くくだり。

早くワインに口を付けたいのに、
婚約者の父が長々と乾杯の音頭をとるもんだから、
なかなか飲めないでいる。
そのときの仕草が逸品すぎます。

そして、そこからは怒濤の展開。

うまいなぁ、おもしろいなぁ、映画っていいなぁ。
つくづくそう思ってしまう。

ただねこの映画。
面白いだけじゃないの。
良いシーンもいっぱい。

父娘で迎える最後の夜。
バスケットゴールの下で会話するシーンには思わず涙がこぼれてしまう。

「それが人生さ。いつまでたっても驚きの連続。小さな事に驚いて感動し···」

これって、ハプニングを笑いに変えるスティーブ・マーティンの人生観そのものなんだろうなって思う。奥深いな。

「いや、いまこの時の事を一生忘れないだろうってね」

長い人生の一瞬一瞬に感じ入り
飾ることなく想いを表出する。

だからこそ嘘くさくなくて、
そして、そこで保たれた一貫性にはすごく好感が持てる。

大仰な言い方をしてみれば、
この映画では人の営みが素敵に輝いて見えるの。

そう、
ラストシーンの持つ輝かしくも哀愁を帯びた抒情性には、
旅立つ娘への祝福と儚くも喜びに満ちた人生への賛美がふんだんに盛り込まれている。

でも、湿っぽくなりがちなそんな人間賛歌の後味がことのほかさらりとしていたのは、
何よりもスティーブ・マーティンの力量によるところが大きいんだろうな。

だいぶ大人になった今でも、
この映画をこんなに大事に思えるんだから、
色褪せない名作に乾杯したい気分。

おっと、乾杯の音頭は手短に。
そーた

そーた