雨丘もびり

敬愛なるベートーヴェンの雨丘もびりのレビュー・感想・評価

敬愛なるベートーヴェン(2006年製作の映画)
5.0
L.v.ベートーヴェン生誕250年の今年、久しぶりに観て、ぞわっ...言いようのない感動。

「私に責められて謝るな!挑みかかれ!卑屈な人間にはガマンならん!」
セリフ一言がもう、ベートーヴェンの曲なのだわさ。
「従え/逆らえ」って理不尽に怒鳴り散らす、ひどく臆病な小男。ぞぞぞ。

【冒頭10分でツカまれる】
  清書屋さんのデスクに置かれた、五線紙の束。  
「合唱付きの交響曲なんて!しかも歌は曲が始まって1時間登場しない」
「初演まで4日しかないのにパート譜が出来ない!」
「ベートーヴェンはイカれてる!」

生まれる寸前の名曲、ただの紙束......私なに泣いてるんだろ?(T_T)。



【そしてとにかく台詞が良い】
父親が横暴だったこと、消化器の病気に苦しみ続けたことが、いちいち垣間見える発話。巧いなーって思う。
人間ベートーヴェンが喋ってる、そこに在るって感じます。

「何だぁ!!私の目を見て話せと言っただろ!!!」
病気が、権威が、性格が、他人に要らぬ気遣いをさせ、よそよそしく振る舞わせてきた。
人がつく嘘に傷付き、耐えられなくなった男、ルートヴィヒ。

「この楽章は終わらない、流れるんだ。始まりも終わりも考えるな」
「沈黙が深まると魂が歌い出す」
晩年の、一神教的なめでたしめでたしストーリーをブッ壊す作風を集約した素晴らしい一言。なんかすごい打たれる。


【アグニェシカ監督の"守・破・離"】 
後半、いきなり主人公アンナが「私には作曲の才能が無いの?」ってぐちぐち言い出すシーンがあって、「あ、これ監督の私小説でもあるのか」ってわかった。
師と慕う作家の薫陶を受けながら、模倣を経てオリジナリティを編み出してゆく作家の成長物語でもあったのね。

私、あんまベートーヴェンの曲って好きじゃなくて(^^;)。愛し方がわからなくてさ。
監督のアグニェシカさんは、師(ベートーヴェン)のメンド臭さをちゃんとウザがりつつ、芯から尊敬し、神格化しきらない絶妙な距離感でついて行ってる。
勇気があって、覚悟も決まってて、とっても素敵だなと思った。
なーんか、モデルにした師がいそう。妙なリアリティは監督の実体験のおかげ?
私にとっては羨ましい器の大きさ。  そういう生徒でありたかった。


.....言いたいことが無くはない(^^;)。
ベートーヴェンが壁に貼ってる格言、英語で書いてあるのヘンだと思う。
クライマックスの第九が細切れなのは今観ると興ざめ。『ボヘミアンラプソディ』の12年前の映画だし、いろいろ過渡期だったのかもしれんっちゃね。ヴァイオリンがぜんぶアジャスタ搭載w
クズ甥のカールが第九聴きに来て落涙するのはアザトいわ。うそくせー美談感は配給会社の意向かしら?
あと、劇中の演奏音源が.....初演の緊張感がまったくゼロなうえに「第九の魅力を知り尽くしてる楽団の演奏」モロ出しでさ、残念でした。
整い過ぎてる印象。音楽の監修をもっとこだわって欲しかった。


とはいえ、
ツッコミ所があっても☆5つ満天に輝く大傑作。
監督、よくぞ逃げずに、彼の人となりを掴んだ。
偉業を讃え、感謝します。

「now,music changes forever......」