菩薩

バグダッド・カフェ<ニュー・ディレクターズ・カット版>の菩薩のレビュー・感想・評価

4.4
亭主と喧嘩別れをしたデブのおばさん、ヤスミンが場末のカフェにもたらす些細な変化。止まっていたはずの歯車が次々と動き出す愉快なハートウォーミングドラマ。

そこはコーヒーマシンは壊れ、事務所は荒れ、わめき散らす女主人がいる、荒野のようにカラカラに乾いた場所。そこに、見るからに潤いに満ちたおばさんが現れる。

おばさんが汗水垂らして引きずって来たのは夫のトランク。しかしそのトランクが結果的には保安官を呼び、コーヒーマシンをもたらす。バクダット・カフェに再び火が入る瞬間。

はじめはポイッと投げ捨てたられたマジックのタネ。でもそれが後には皆の笑顔を呼び、話題を呼び、客を呼ぶ。物語の終盤ではそれは立派なショータイムとなり、そこでピアノを弾くのは散々うるさいっ!と怒鳴られていたピアノ弾き。その雰囲気につられ帰ってくる女主人の夫。

そんな小さな偶然から生まれていく様々な奇跡が、この映画には詰まっている。ブーメランのように、近づけば遠ざかり、遠ざかってはまた近づく人間関係。ヤスミンのように再び戻るものもいれば、その場を去る刺青屋のような者もいる。彼女には馴れ合いの雰囲気は合わなかったようだ。今以上の関係性からの別れが辛かったのかもしれない。でも再び、ヤスミンのように帰ってくるのかもしれない。

コーヒの濃さ一つを巡っても価値観は別れる。しかしヤスミンが画家の前で少しずつ肌を露わにしていくように、心の殻を破り、他人に対して関心を持ち、共感を持つ事で、皆の心が少しずつほぐれ、大きな喜びを生んでいく様がなんとも微笑ましい。コーヒーだって濃ければ薄めればいい。問題の解決方法は案外簡単に転がっている。

度々流れるcalling you。ヤスミンにとってはそこが彼女の居場所だったのであろう。些細な事のようで、本当はすごい事のような。それでもこの映画は、何か一つでもほっこりと心に残る瞬間があればいいのだと思う。