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ファイト・クラブのSIのレビュー・感想・評価

ファイト・クラブ(1999年製作の映画)
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2018.4.2
ノートPCにて鑑賞(二回目)

プロットが気になったので観なおした。
彼が二重人格を発症する理由は不眠症を抱え単調で何も変わらない社会生活を送る中で、唯一の救いであったカウンセリングの機会を奪われたからであり、その人格の分裂は互いが互いを疎外する関係にある。最後には自分で自分の頭を撃ち抜くことで一方の人格を消し去る(決してその二つが統合された訳では無いので後味が悪い)。極度の自傷行為をすることで幻覚を消せるというのは他の映画でも良く観るが、実際のところはどうだろう。
今観ると、オープニングシークエンスはやはりフィンチャーならではで素晴らしいが、数カットの対象にクローズなVFXがやや過剰だったりで、脚本も途中ダレがあるように思えるし、評価されている本質はブラッドピットのキャラクターに込められた思想にあるだろう。

需要は作りだせる。大衆一般としての欲望を「創出」され提示されることで、ただひたすらに記号を消費し一過性の満足を得続けて一生を終えるというこの構造に我々消費者が対抗するには、どうすればいいのか。
「皆が欲しいからそれが欲しい、それを消費したい」という作られた欲望を絶対否定することはできるか。多分、それは無理だ。
完全なアナーキズムなど存在しない。
結局のところ、社会構造によって自分の意識や無意識までもが影響を受けてしまっているという事を認め、個人個人が仮象を積極的に見出し生きていくしかないのだ。それを集団で行うとこの作品のエンディングのようになってしまう。

自分が考えている事とあまりに近いので、ここらへんでやめておきます。
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