イルーナ

誰も知らないのイルーナのレビュー・感想・評価

誰も知らない(2004年製作の映画)
4.5
悲劇と言えば、悲しい場面をことさら大きく描くもの。そういうイメージがあったのですが、この映画で覆されました。

この映画は、母親が蒸発してしまった後の子供たちの生活を、ドキュメンタリータッチで淡々と描く。それも、みずみずしく透明感あふれる映像と音楽で。まるで、子供たちの純粋さを表すかのように。それがかえって、辛い。
引っ越しの時、幼い二人はキャリーバッグから出てくるという序盤も、一見楽しそうだけど、よく考えると不穏極まりない。
どんなにダメな母親でも、子供たちにとってはたった一人の、かけがえのない存在。その帰りを信じて、精一杯生きようとする。しかし、子供は働いてお金を稼ぐことができないから、取り返しのつかない所まで追い詰められてしまう。
優しかった長男が重すぎる現実を背負わされ、だんだんとうつろな目で荒んでいく姿が、あまりにも痛々しい……
きっちりと制度が備わっているはずの日本。それでも、いや、それ故に誰にも知られることなく、あらゆるセーフティネットからこぼれ落ちてしまった子供たち。一応周りには親切な人もいるけれど、子供たちの置かれた異常な状況に気づいているはずなのに、結局誰も本気で助けようとはしなかった。ここがリアルすぎる……人間の矛盾です。
結局この物語に解決策は提示されない。その代わり、「私たちの身近にも、戸籍のないまま、誰にも知られることのないまま、精一杯生きようとしている子供たちがいるかもしれない。もしそういう子供たちの存在を知った時、あなたはどうしますか?」と、静かに問いかける。
「生きているのは、おとなたちだけですか」というキャッチコピーが、それを的確に表現しています。

またこの作品、事実を美化しすぎていると批判する声もあるようですが、むしろ「冷酷な人」が一人も出てこない分、より無常観が強まっているように感じました。
普通の映画なら、あの母親は見る側が怒りをぶつける対象として描くのでしょうが、それすらもないのです。直接ダメだと言い切るのではなく、あくまで良い面も悪い面もある普通の人間として描いているのが、この作品の凄み。
実際監督も、「映画は人を裁くためにあるのではないし、監督は神でも裁判官でもない。悪者を用意することで物語(世界)はわかりやすくなるかもしれないが、そうしないことで逆に観た人たちにこの映画を自分の問題として、日常にまで引きずってもらえるのではないかと考えている」と語っており、本当に誠実に、問題提起に取り組んでいたことがわかります。

この問題提起に『誰も知らない』というタイトルはこれ以上ないほど痛烈ですが、同時に物事は、様々な視点を持つことでより深く「知る」ことができる。「知る」ことで、もう少し他者に優しくできるようになるはず。それこそが、この映画の子供たち、ひいては作品のモデルになった事件の子供たち、それぞれへの救いになるのかもしれません。
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