誰も知らないの作品情報・感想・評価・動画配信

誰も知らない2004年製作の映画)

Nobody knows

上映日:2004年08月07日

製作国:

上映時間:141分

ジャンル:

3.8

あらすじ

「誰も知らない」に投稿された感想・評価

母親が子供をほったらかして帰ってこなくなるというあらすじを知っていたので、もっと憤りを感じるかと思ったが、そういう作品ではなかった。映画の冒頭、母親は娘の髪を結んでやったりして可愛がる場面もある。
ただ、子供の将来についての普通の思考が無い。長男の明から「いつ学校行かしてくれんの?」と問われ、学校なんか行く必要ないよ、と軽く受け流す場面がある。何かの教育方針があるわけでは無い。ダメ親の見本といった感じで、無性に腹がたった。
母親が帰って来なくなった後、意外にも淡々と子供たちだけの日々が描かれる。無論、明や京子など年上の子達の不安そうな表情は見られるし、明は必死で生活を成り立たせようと子供ながらに苦心し、その姿が本当に見ていて痛ましい。
 そんな風に日々をやり過ごす彼らをスクリーンのこちらから見ていて、いつになったら周囲が彼らの状態に気付くのだろう?と思った。彼らを見守っているような気になった。社会が、周りの大人が知らなかった、気付かなかったで済ませてはならないと、問いかけてくれた。
セツコ

セツコの感想・評価

4.5
日光が綺麗。
柳楽優弥よすぎか…
空港のシーン、目だけがチラチラ光るカット格好よすぎか?
の

のの感想・評価

4.2
これが実話ってのがしんどすぎる
子供の表情がすべてを物語ってて目が離せない!!!
最初から最後まで一瞬たりとも報われなくてなんかもう人生。って感じだった
north

northの感想・評価

3.7
実話を元にした作品。こんな酷いことが20年近く経った今も絶えていないと思うとゾッとする。
家族を持つことの責任。

全員の演技がリアルすぎる!
あぴ

あぴの感想・評価

5.0
この作品を通して、俳優さんの素晴らしさ、そして母親役に対しての本気の憤りを感じることができるほどの出来栄えだった。

実話はもっとひどい。

もっと広まって欲しい。
calanque

calanqueの感想・評価

3.5
何年か前の大晦日かお正月あたりに録画したのを観て、本当に暗くて悲しい気持ちになりました…。
是枝監督は子どもを撮るのがつくづく上手いなぁ。素のままの子どもたち。さすがドキュメンタリー出身の人だと思う。
過酷な状況で、無邪気に懸命に生きている子どもたちを淡々と優しい目線で描いているところが、一層残酷だと思う。これは、是枝氏の他の映画にも共通している。
もち麦

もち麦の感想・評価

3.5
柳楽優弥さんまだ幼いのにイケメンすぎてびっくりした…
親はもちろん、子どもたちの行動にも理解し難い所はあったけれど、家族と離れたくないと必死に生きる子どもたちには心が締めつけられた。
是枝監督の個人的No.1映画。
タテタカコの音楽も圧倒される
ささやかながらも映画体験について書き記すことをコンスタントに続けてみると、言葉は集積(stock)されているのではなく、破壊と建設(scrap and build)を繰り返していることに気づきます。

つまり語彙(ごい)と呼ばれるものは、素朴なイメージとして捉えられているように平面的に広がっているというよりも、時間軸を加えた立体性のなかで構築されている。

かつては鮮やかに世界を捉えていたように思えた言葉もいつしかその鮮やかさを失い、別の言葉が鮮やかに心を捉えることもありますし、しかしながら相対的に鈍く沈んでいった言葉の数々が、心象風景全体を支える大地のようにもなっていく。

そしてこれもまた素朴に思われているように、映像認識と言語認識とは別個のものではなく、あるいは別軸として存在していたとしても深い関連性があることに気づかされます。つまり僕たちは「観たものを言語化」しているわけではなく、本質的には「言語化できるものを観ている」ところがあるはずです。

ですからそれまで観ていたもの(認識)よりも、さらに深くものごとを見つめようとするならば、どこかで根本的な言葉の成り立ちを疑いながら壊してみる必要がありますし、いま僕のなかでは(これまでにも何度か訪れたことのある)そうした時期に差しかかっている感覚があります。

そうした意味でこの『誰も知らない』について何かを書き記そうとすることは、書き手の言葉の遍歴が自然と表れるようなところがあるように思います。自身の言葉の成り立ちに対して、破壊と建設(scrap and build)をしたことがあるかどうか。その破壊と建設が時間のうちにもたらす風景が、どれほどの深層をたたえているか。

映画について書き記すことは、書き手のもつ現象を書き記すことに近似していき、やがてその圏外へと突き抜けたのちに再び還ってくるところがあります。そして美しさとは本来、そのような軌跡からしか立ち現れることはないと僕は思っています。



この映画は是枝裕和の長編4作目となる作品ですが、そのフィルモグラフィ全体に流れる母性や、おそらくは監督自身の生い立ちのなかに深く刻まれている母親への思慕などに満ちているように感じられます。

また先にレビューした『存在のない子供たち』(ナディーン・ラバキー監督, 2018年)が女性によって造形された少年のまなざしを通して、父性を糾弾するような内容となっているのに対して、本作は男性によって造形された少年のまなざしを通して、どこか母性への赦(ゆる)しとなっている対称性が僕には興味深く思えます。

そして本作が日本で実際に起きた巣鴨子供置き去り事件(1988年)をベースとしているように、『存在のない子供たち』もまたレバノンで実際に起きている様々な貧困やネグレクトをベースとしながらも、両作ともにそれぞれの監督の深い場所にある意識を汲みあげるように物語として結実している。つまりいずれの作品も、実際に起きた(起きている)出来事をもとにしているものの「そのように語ろうとした」それぞれの語り手に深く宿るものによって造形されていることになります。

似通った境遇に生まれ、サバイバルせざるを得なかった推定12歳程度の少年2人。しかしながら、いまを生きる「神の子」として造形されたように感じられる『存在のない子供たち』のゼインが父性の糾弾へと向かったいっぽう、なぜ『誰も知らない』の明(柳楽優弥)は、母親(YOU)が決して見せることのなかった母性に対してどこか赦すように思慕し続けたのか。

それはおそらく最も深い意味で、是枝裕和が日本人であり男性だったからだろうと思います。そのため僕の感覚としては「父性への糾弾」へと向かう神の子よりも、「母性への赦し」へと向かうしかなかった八百万(やおよろず)の子としての少年性のほうに、日本人としてかつて少年期を生きた身としてはリアリティと深い共感を覚えることになる。

さらに付け加えておくならば『存在のない子供たち』のゼインが女性の手によって造形された「代理的な糾弾」のような色彩を帯びているのに対して、この『誰も知らない』の明は男性の手によって造形された「間接的な和解」へと向かおうとしているように思えてなりません。作品としてはそのように対称的なものであり、どちらがどうというものでもないかもしれない。けれどかつて少年期を生きた僕としては、より嘘がないように感じられるのは本作のほうです。

そして観た当時はたいへん鮮やかだったのですが、いまは鈍い色彩となって僕の心象風景に溶け込んだ一連のシーンに、紗希(韓英恵)との触れ合いがあります。

この映画を観た当時の僕はまだ恋愛感情を鮮やかに残していたため、紗希との出会いが少年の心に起こしたさざ波のような機微を、ひとつひとつすくいとっていたところがある。いまの僕にも恋愛感情は残ってはいるものの、年齢による屈折を通さないことには立ち上がってこないところがあるため、彼女の存在はどこか空や海が時として見せる、くすんだ奥行きのようなものになっています。

しかしながらだからこそ、紗希は是枝裕和による祈りのような存在だったことがよく分かる。おそらく彼女は、是枝裕和が持つ女性性へのまなざし、もしくは彼自身のなかに宿る女性性が生み出したものだろうと思います。明は彼女を通していつか母性との和解を果たすかもしれない。その反対に再び母性から裏切られることになるかもしれない。もしかすると彼自身の手によって「母性を裏切らせる」かもしれない。

そうした時間的な奥行きのようなものが、いま振り返ってみると紗希には象徴的に表れていたように感じます。

亡くした妹を紗希と共に空港で埋葬するシーンに、白昼夢のような気配が漂っていた理由は、是枝裕和にとっての罪とは対峙しながら糾弾するようなものではなく、そのなかをこそ歩くことになるものとして存在するからだろうと僕には思えてなりません。
あ

あの感想・評価

4.1

このレビューはネタバレを含みます

誰も知ろうとしないから、誰も知らない

世間のひとの無関心さがよく表れてると思う

Youと子どもたちの演技が素晴らしい


空港前のシーン

プチトマト
>|

あなたにおすすめの記事