カタパルトスープレックス

ロスト・ハイウェイのカタパルトスープレックスのレビュー・感想・評価

ロスト・ハイウェイ(1997年製作の映画)
4.3
デヴィッドリンチ監督作品は分かり難さがエンターテイメントとなる不思議な魅力があります。その狂気を見るのが楽しいと思わせる何かを持っています。ただ気ままに狂った映像を撮っているだけでは、エンターテイメント(犯罪ミステリー)にはなりません。そこにはデヴィッド・リンチ監督独自のロジックがあるんだと思います。この作品はデヴィッド・リンチ監督が難解な映画を作りはじめた出発地点です。

『ワイルド・アット・ハート』原作者のバリー・ギフォードが共同脚本として参加しています。バリー・ギフォードはフィルム・ノワールとビートニックに影響を受けた脚本家です。その影響は本作にもあると思います。

観る上でのヒントとなるのが、デヴィッド・リンチ監督自身がこの映画は解離性遁走(psychogenic fugue)のようだと言っていることでしょうか。つまり、現実から逃走する多重人格です。

この映画は二部構成(のよう)になっています。一部と二部の人物は別の人物設定ですが、同一人物でもあります。

第一部は……インターフォン越しのメッセージ「ディック・ロラント(ロバート・ロッジア)は死んだ」から始まります。

フレッド・マディソン(ビル・プルマン)とレニー・マディソン(パトリシア・アークエット)の夫婦の話。フレッドはサクスフォン奏者で妻のレニーとはうまくいっていません。他の男(例えばアンディ)とできているのではないかと嫉妬しているようです。フレッドがレニーを殺して刑務所に入り第一部は終わります。

第二部は……刑務所に入っていたフレッドがピーター・レイモンド・デイトン(バルサザール・ゲティ)と入れ替わるところからはじまります。

ピーターはアリス・ウェイクフィールド(パトリシア・アークエット)と恋をします。しかし、アリスはミスター・エディ(ロバート・ロッジア)に囲われた女です。ピーターとアリスはアンディからお金を奪って、遠くへ逃げることにします。しかし、途中でピーターは再びフレッドと入れ替わります。

第一部:第二部
フレッド:ピーター(嫉妬から女を殺す)
レニー:アリス(男を狂わすファムファタール)
ディック・ロラント:ミスター・エディ(浮気相手)

おそらく、第一部だけ(または第二部だけ)でネオ・ノワール作品を作ることもできたでしょう。しかし、デヴィッドリンチ監督はあえて第一部と第二部の並行世界を作り上げ、多重人格の逃走劇としました。このような並行世界の描き方はこれまでなかったため、狂気のように映ります。しかし、冷静な計算がないとこのような二つの世界を整合性を持って描くことはできないですよね。感覚で作った雰囲気だけの(ボクが嫌いな)アートっぽい作品ではありません。すごく計算された犯罪ミステリーのエンターテインメント作品だと思います。

このストーリーから何を読み取るのか?それは観る側に委ねられています。今回も炎や暗闇など様々なモチーフが散りばめられています。第一部と第二部に登場する謎の男(ロバート・ブレイク)は何を象徴するのか?妻殺しは何を象徴するのか?いろんな解釈ができると思います。正解はないでしょうが。

デヴィッド・リンチ監督作品を凡庸なアート作品から一定の距離を保っている要因の一つが音楽だと思います。ポピュラー音楽を使うことで、難しいんだけど、カッコいい。ロジックは理解できなくても、その不条理な世界観を音楽と共に楽しめるようになっています。

今回だってナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーが参加しています。頭だしの暗闇のハイウェイを疾走するオープニングなんてデヴィッド・ボウイですよ!カッコいい!楽曲提供もルー・リードにスマッシング・パンプキンズ。役者としてもアーティストが参加していて、ブラック・フラッグのヘンリー・ロリンズ。そして、マリリン・マンソンまで参加しています。

独りよがりな(だけの)アートフィルムではなく、きちんとエンターテイメントとして成立させようとするのがデヴィッド・リンチ監督の映画人としての誠意なんだと思うんですよね。