ローズバッド

悪魔のような女のローズバッドのネタバレレビュー・内容・結末

悪魔のような女(1955年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます


サスペンス、ミステリー、ホラー、展開の妙


午前十時の映画祭。’55年のフランス映画。
作中で「ネタバレ厳禁」の忠告がされた最初の映画らしい。

汚れた水面のクロースアップのタイトルバック。
寄宿学校の門を入っていく校長が運転する車が、子供が作った水たまりに浮かぶ紙製ボートを踏みつぶしていく。
連休の帰宅を前にした子供たちの騒ぎのなかで、職員の大人たちの人間関係が徐々に語られていく。

傲慢に男の権力を振りかざす校長の夫。
三つ編みに、白系の女性的な服装、信心深くおとなしい正妻教師。
金髪にサングラスで目の痣を隠す、黒系のスタイリッシュな服装、ミステリアスな愛人教師。

女ふたりは、本来は敵対関係のはずが、校長の横暴に対して既に結託している、歪な様相。

ここから始まる、女ふたりの視点に立っての「夫殺しの成否」という「サスペンス」に存分に引き込まれる。
深夜に風呂に水を溜める音にラジオが聞こえず、怒った階上の夫妻が、時刻を書き留める。
決心のつかない正妻が、睡眠薬入りの酒をあおろうとする夫の手を止め、スーツを汚され逆上した夫に頬を打たれ、復讐へと心を決める。
夫の死体を詰めた重たい箱を、階上の夫妻と運び、隙間が開きそうになる。
車の荷台にヒッチハイクの酔っぱらい軍人が乗り込もうとする。
プールに死体を落とそうとすると、校舎の窓に灯りが点く。
など、犯行に感情移入した観客の心を、ハラハラさせる展開がたっぷりと用意されている。



<以下、ネタバレ注意 >





そして半分の1時間を過ぎ、プールの水を抜き、なぜか死体が消えた事が解った瞬間、「死体はどこへ?」という「ミステリー」に変わる。
夫のクリーニングが届く。
ホテルに宿泊しているらしいが、誰も姿を見ていない。
川から遺体が見つかるが、別人。
と、謎を高める展開。
怪しい元警官に無理矢理に捜査される事となり。
消えたはずの校長に叱られたという生徒の証言。

そして、集合写真の窓に校長らしき顔が写った心霊写真により、「死人が生きている」という「ホラー」に変わる。
正妻は、病の床でうなされ続ける。
ここからの夜の校舎内の撮影・演出は、圧巻の緊張感。
灯りを消したベッドに寝る白いネグリジェの正妻が、ぼんやりと浮かんでいる。
目を覚まし、暗く長い廊下に出ると、窓からの月光が作り出す陰影、タイプライターの音。
廊下の先の扉がゆっくりと開き、灯りが漏れてくる、恐る恐る入るとタイプライターに夫の名前。
何者かの手の影がスイッチに伸び、灯りを消す。
叫びながらバスルームへ駆け戻り灯りを付けると、バスタブに夫の水死体が白目を剥いている。
ゆっくりと起き上がる死体に、恐怖のあまり心臓発作。
死体のはずの夫が、白目を目からツルンと取り出すクロースアップ。
この一連のシークエンスは、光と影の描き方が本当に美しい。
ホラー映画演出のスタンダードとしても、記憶しておこうと思う。

騒ぐ生徒達と叱る教師の場面なども、校舎という広い奥行きと、大きな窓を活用した、構図・人物の動き・カメラの動きが巧み。
姿見の鏡に映る正妻と夫の会話の動きなど、ちょっとした工夫も活きている。

冒頭タイトルバックと、最後のFINの瞬間にしか、劇伴が使われていない。
風呂の水道の轟音、蛇口から死体に掛けたビニールに水滴が落ちる音、何者かの足音、扉が軋む音、タイプライターの音など、音を使ってサスペンスを高めている。

男女の愛憎劇でも、古い映画とあって、性描写は赤裸々ではないが、
正妻が、夫に押し倒され壁の陰に消え、翌朝、ベッド脇に転がったハイヒールを拾う。
愛人がソファに腰掛け、乱暴に足でハイヒールを脱ぎ捨てるクロースアップ。
正妻の薄いネグリジェを、逆光が透かし、腰や脚のラインが浮き立つ。
など、意外とフェティッシュな描写があり、色気を感じさせる。
レズビアン的な深層心理をほのめかす描写は、ほぼ無く、愛人が正妻の肩を抱く程度の絡みしかない。
この辺りは、現代の作品ならもっと強調するだろう。

悪を罰するためだけに都合良く登場する名探偵役や、回りくどい不確実な犯行計画など、現代ならツッコミを入れられそうだが、この60年以上前の名作に宿っている魅力的なニュアンスは、ずっと色褪せないだろう。