パイルD3

レスラーのパイルD3のレビュー・感想・評価

レスラー(2008年製作の映画)
4.5
“血を流してあんたを満足させたぜ、
これ以上何を求めるんだよ?“

〜ブルース•スプリングスティーンが歌う主題歌の歌詞より〜

「アイアンクロー」を観て直ぐに思い出したのが、ダーレン•アロノフスキー監督のプロレスに材を得た傑作「レスラー」
これは枯れ枝が、折れずにギリギリ踏ん張っているような人間ドラマ。
主演のミッキー•ロークも体を張った熱演を見せる。

※あまりやらないのですが、この作品については、久々に再見して、少しちゃんとしたレビューの形で書いてます(え⁉︎じゃーいつもはダラダラ何書いてんだよってね 笑)
 

【レスラー】
プロレスラー、ランディ《ザ•ラム》ロビンソン(ミッキー•ローク)は、冒頭から試合後の控室の隅で、うつむき加減で一人椅子に腰掛けて背中を向けている…

思えばこの映画の中では、何度となく彼の背中から映すカットが登場する

背中に突き刺さったガラスの破片を抜く時、病院のベッドに座っている時、娘と廃墟のダンスホールに入る時、スーパーの惣菜売場に向かう時、サイン会の会場に向かう時…

まだある、再起を目指して森の中へランニングに出向く時、そして愛を伝え切れなかったストリッパーのキャシディ(マリサ•トメイ)にリングに上がることを引き止められた時も…背を向けている。

堂々と前を向いて、自信に満ち溢れた笑みを浮かべながら登場するのは、試合のリングに向かう時だけである。

映画「レスラー」は、この1人の男が背負っている、失い続けてきた人生の断片と、不器用にもそれを取り戻そうと、少しでも前を向こうと試みる姿を見せるストーリー

《唯一の勲章》
たとえ崩壊し始めていようとも、肉体を酷使することでしか身の証しを立てる術のないレスラーとしての宿命と共に、衰えゆく自分自身と闘い、跳ね除け切れない孤独をいやというほど感じながらも、ギリギリのところで踏みとどまろうとする切実な姿は胸を打つ。

ただ、何もかも自分が悪いのだ。これがこのドラマの重要な中核で、本人も認めたくはないがそれを感じ続けている。

いよいよバイパス手術を受けるまで、ボロボロになり、レスラー生命も危うくなりかけると「ひとりじゃつらくて…」と正直に弱音も吐くし、リングを降りると一向に冴えない。

知り合いのスーパーの店長に仕事を斡旋してもらうバイトの身で、お金もなければ、家族も近くにはおらず、老眼鏡は手放せないし、歴戦の後遺症で補聴器が必要なくらい聴力も衰えている。

近所の子供には、自分がモデルとして登場している古いプロレスゲームソフトを
「今面白いのはコール•オブ•デューティ4(この当時)だよ、知らないの?」と、馬鹿にされるし、スマホも持っておらず、連絡手段は公衆電話しかない…とことんダメな奴なのだ。

せいぜい突っ張ってみせるのは、“ラムジンスキ“という本名を呼ばれると、すかさず“ランディ“と呼べ!と凄むくらいである。
ランディ•ザ•ラム•ロビンソンというレスラーである誇りだけが、彼の心に錆びつきながらぶら下がっているひとつの勲章なのだ。

《2人の女性》
疎遠だった娘(エヴァン•レイチェルウッド)に心の拠り所を求めて、何とかご機嫌を窺いつつ外へと連れ出して、束の間のデートを楽しむシーンは美しい。

昔、何度か通ったらしい今は無きオバケ屋敷の話をするのだが、娘は何も憶えていないと言う。しかしこのぶっきら棒な父親は、何故か細かく記憶している。
しかし、そんな遠い昔まで遡らなければ思い出を拾えないくらい、娘との距離は遠のいていて、切ない溝の深さを感じさせる。

心を許す風俗嬢、キャシディとの
「80年代は最高だった、90年代は最低だ」と
言うカフェバーでのビール1本分の短いデートのシーンもいい。

愛したガンズ&ローゼス、モトリー・クルー、デフレパードの名前を挙げて、ニルヴァーナがぶち壊しやがった!と切り捨てるセリフが、主人公たちが既に失速し始めている世代であることを見せるシーンなのだが、映画の中に登場する世代観というものは、逆に登場人物たちの最高の笑顔を引っ張り出して、俄然輝かせるものだ。

調子に乗って踊り出すランディ、ぎこちないやりとりながら、唯一の2人のラブシーンとなるこのシークエンスは見ていて心地いい。

《そして…》

どこまでも、全てを失いかけて迷走するランディは、レスラーとしてあるべき道を選択する。
20年も前に名勝負を繰り広げたというライバル“中東の獣“アヤットラーというレスラーとの、オールドタイマー同士の再戦に自ら臨んで行く。
プロモーターが、「ギャラは出せないゼ」と言うと、「ギャラなんかどうでもいい」と答える。

ここに不器用で、生き急いだ男の生き様と、一握りのプライドにしがみつくしかない悲哀が集約される。
すべてに背を向けて、しかし悠然とリングに向かう満身創痍のレスラー、ランディ•ザ•ラム•ロビンソン!

どうしようもない奴にも、背を向けながらでも、まだ生き残る隅っこの場所は残されているのか…

…泣かされた


《主題歌のこと》
スプリングスティーンの歌曲は、ミッキー•ロークに無償で提供したものらしい。
冒頭に記した、歌詞の一部分は、主人公の気持ちをグラリとくるほど見事に言い当てている
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