SANKOU

ジョニーは戦場へ行ったのSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

ジョニーは戦場へ行った(1971年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

反戦映画の中でも、これだけ戦争の代償として個人にもたらされた地獄を描いた作品は他にないのではないか。
堂々たる佇まいで行進する兵士に、旗を降って彼らを送り出す市民たち、激励の言葉を送る政治家の姿が映し出されるオープニング。そんな華やかな戦争の一面を見せた後に、野戦病院に担ぎ込まれた一人の兵士が映し出される。
彼は爆撃により手足を失い、顔をえぐられ脳にも損傷を受けており、医者が言うには筋肉の反復運動で体が動くことはあるが、全ての感覚と意識を失った胴体に性器がついているだけの肉塊だ。
しかし生命活動は続いており、軍は後の医学の為の実験体として外部から隔離された状態で彼を生かすことにする。
身元も分からない彼は407番の番号で呼ばれ、誰も彼を人として接するものはいない。
もし彼の意識が本当にないのなら、彼の地獄は戦場で爆撃を受けたときに終わっていた。しかし、彼の地獄は始まったばかりだった。
この映画の主人公ジョーの意識は全く正常だったのだ。しかし手足は動かせず、目も耳も鼻も口も効かず、意志を人に伝達する手段がない。
彼が自分の体がほとんど失われてしまったことに徐々に気付き、恐怖と怒りの声を上げるシーンは胸が痛くなる。
やがて彼の意識は過去へとさかのぼる。初々しいカリーンとの初めての夜。戦争へ出発するジョーへ行かないでと涙ながらにすがるカリーン。彼女を置いて戦地へ旅立つジョー。そして最愛の父の死。
この流れからメロドラマのような展開になるかと思えば、全ての感覚が麻痺したジョーの意識はやがて幻想と事実が混濁していき、非常に観念的で抽象的なシーンが多くなってくる。
カードゲームに興じる兵士の中にキリストと名乗る男が現れるシーンは印象的だ。兵士たちはゲームをしつつも、自分たちがどのような死にかたをするかを話している。この場で生き残るのはジョーだけだ。キリストが見守る中、やがて彼らは死の待つ記者へと乗り込んでいく。
このキリストはジョーの幻想の中にもう一度登場する。悪夢のような状況を何とか抜け出したいジョーがキリストに色々と助言をもらうのだが、キリストが悪夢なら目を醒ませばいいと言うとジョーは目がないと答え、ネズミが体をかじるのなら振り払えばいいと言うと手足がないと答える。結局お手上げ状態のキリストを前に、ジョーは神は何の役にも立たないと気づく。
父や母との回想シーンにも実際に起こったことと、彼の幻想が混ざりだし果たしてこれは何を意味しているのかと考えさせられる。ひとつ言えるのは父と過ごしたジョーの記憶のどれもが、彼にとってはかけがえのない幸福なものだったということだ。
彼の回想がカラフルで幻想的であるほど、白黒で描かれる現在の彼の状況はとてもリアルで恐ろしい。
彼を実験体としてしか見ていなかった医者や看護婦だが、そこに恰幅のいい婦長が現れ、初めて彼に一人の患者として接する。
ほとんど感覚のないジョーだが、彼は婦長が開けた窓から射し込む日光を体に感じ、歓喜の声を上げる。
そして、新しく赴任した若い看護婦はジョーの姿を見て、心を痛め涙を流す。その涙は彼の体を濡らす。今までとは違う暖かみのある彼女の行為に次第に心が救われていくジョー。彼の肌を優しく撫で、乳首に触れる彼女の行為が悲しみを誘う。
彼女がジョーの胸にアルファベットを一文字ずつ書いていき、今日が何の日であるかを彼に知らせ「メリークリスマス」と言葉をかけるシーンは感動的だ。
しかし、意識の覚醒と混濁を繰り返すジョーの地獄の日々は続いている。
ある日彼は夢の中で父と出会い、キリストにも得られなかった助言をもらう。
モールス信号を使って自分の意志を回りに伝えるのだと。
早速頭を振って看護婦の彼女にメッセージを送るジョー。ただの反復運動ではないと察した彼女は軍の関係者を集める。
ようやく願いが叶ったと思ったジョーは、
外の世界に行きたい、手足も顔もない自分をサーカスの見世物にすればいいと彼らに伝える。実は以前に夢の中のシーンで彼の父と母とカリーンが彼を見世物にする様子が描かれている。
しかし、まさかこの肉体に意識があると思わなかった軍の関係者は戸惑いを隠せず、彼の願いを聞き入れることはしなかった。
外に出られないのならせめて殺してくれという最後の願いもはねのけられてしまう。
不憫に思った看護婦が彼の願いを叶えてやろうとするが、阻止されてしまい、ジョーには再び暗黒の世界が訪れる。
助けてくれと繰り返す彼の言葉で物語は幕を閉じる。
徹底したリアリズムと幻想的なシーンの融合で、忘れられない作品になったが、作り手の権力に対する怒りを終始感じさせられる作品でもあった。
クリスマスの幻想シーンで「私は社長、これがシャンパン、メリークリスマス」を繰り返す男の姿がとても心に残ったが、権力と富の象徴で、彼が一言発すれば労働者はいかようにも動かせるのだと宣言しているようにも感じた。
観終わった後にずっしりと暗い気持ちになる映画だが、ジョーの身に起こった状況を想像すると自分にはとても耐えられない地獄であり、しかもラストシーンの後にも彼の地獄は続くことになるのを想うと絶望的な気持ちになった。
人は神が創造したものだが、ジョーの姿は戦争によって人が作り出したものだということを考えさせられた。
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