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東京タワー オカンとボクと、時々、オトンのyukoのレビュー・感想・評価

4.6
我が母と重ねながら観る映画。
再鑑賞した。

目を瞑ると浮かんでくる。ヒグラシが鳴く縁側と冷えた瓶から注がれるオレンジジュース、母のよそ行きの化粧姿、錆びれた製鉄所。スピーカーからは、ひび割れた夏の炭坑節が聞こえる。

母は強い。そして弱くもあった。気持ちを伝えるのが不器用で、言葉よりも“何か”で表現し続けた。巣立つ息子の鞄にそっと忍ばせる心付け、息子の友達にも盛大に振る舞う料理、はにかんだ表情で皆を笑わせるジョーク。そうやって、愛を伝播したのだ。

方言というサウンドが、この胸の奥の、もっと奥の方に閉じ込めた複雑な感情と繋がって響き渡る。脚本は、原作者リリーフランキーさんと同郷、北九州出身の松尾スズキさん。原作にリスペクトしながら制作されたのであろう、小倉と筑豊が混じる方言の台詞回しも絶妙で、日本映画を代表する名俳優たちが脇役でも作品を支えている。

かく言う自分も、この作品に重なる映像がかなり多く、覚悟して田舎を出て上京したとき、背後に遠ざかる故郷は当時、とんでもなく果てしない距離にあった。お金がなくて実家には帰らず、久しぶりに里帰りする深夜バスの中で、原作「東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン」ハードカバーの単行本を読んだ。号泣して、隣の人が大丈夫ですか?、と、ハンカチまで貸してくれたことも思い出した。

母が亡くなって12年。映画や本、創作物が、また母と私の絆を強くする。大好きな作品のひとつです。
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