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ヘカテのSPNminacoのレビュー・感想・評価

ヘカテ(1982年製作の映画)
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フランス外交官の男と、夫がいるのに一人異国で自由に振る舞う女の情事。主な舞台となる30年代北アフリカには変わりゆく秩序や大戦の影があり、主人公ら人々は敢えて何も考えず、刹那だけを見ている。やがて何もかも滅びてしまうのだから、過去はあっても未来はない。なのに男は女クロチルドに夢中となり、猜疑心に駆られ独占しようとする…そんな展開は典型的メロドラマ。
でもダニエル・シュミットなので、ちっともロマンティックじゃない。薄明かりの部屋での逢瀬はターコイズブルーのタイル装飾、エメラルド色の壁が美しいけれど、男女の姿には黒い影を落とす。そして後半からは、幻惑的な悪夢イメージが混ざってくる。退廃した夜の盛り場に必ずいる黒髪の娼婦や、虐待される現地の子ども、ゲイの外交官。あたかもここが背徳を煮詰めた地獄で、男は「運悪く」その闇に呼ばれたかのようだ。
謎めいた女は逃げ、なりふり構わず追いかける男は同時に女を恐れる。彼女は子どもを食らう地獄の女神ヘカテ、なのかもしれないと。だが時すでに遅し、我を忘れた男は決してしてはならない罪を犯してしまう(って、そこで絶望して嘆くのはお前じゃない、被害者のほうだろう…)。彼もあちら側に行ったのだ。
おそらく、地獄の女神としてのクロチルドは続く戦争と荒廃の象徴でもある(主人公はそれを恐れている)。彼女を失った男と世界のモンタージュは、もはや色彩を失くしたセピア色、かつて一緒に観た無声映画(音楽は流れる)と化す。各地を転々とし行き着いたシベリアで会するのは、もう一人の自分である亡霊。過去しか持てない男の前にクロチルドが現れるのは、即ち世界に平穏などないということかもしれない。
シュミットならではのマジック、レストランで男が激昂して出て行くと、隣のテーブルに置かれたトランプのハートのクイーンを一瞬映したり、ベールの下のクロチルドの顔がお辞儀した瞬間老女になったり、サブリミナル的なショットを挟んでくるのがすごかった。エキゾティックな植民地、児童虐待やミソジニー、ホモフォビアなど結構ダークで酷い要素が多いけど、それでもダイアローグが洒落ていて、主人公が自分を冷ややかな視点で物語るので不思議と後味は軽い。ローレン・ハットンのミステリアスで挑発的な笑みがクール。
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