午前十時の映画祭で。
断片的には触れた事はあったが、全編をしかもスクリーンで観たのは今回が初めてで、伝説の作品を拝むように鑑賞。
太平洋戦争中の昭和18年封切り。同年には黒澤明監督のデビュー作【姿三四郎】も公開されている。
つまりですね、この【無法松の一生】をこの世の映画の見納めのような気持ちで小屋で観て、戦地へと出征して行った人たちも多かったとゆう事なんです。
ところが…当時の映画は軍部が検閲する時代、この作品もそんな憂き目にあい、無法松が未亡人に告白する重要な場面がカットされてしまった。
そんな事の顛末についての短いドキュメンタリーも今回併映されています。
そんな不完全な形でもですねェ…素晴らしいですね。
目を見張ったのは躍動感溢れるキャメラですね。
人力車の車輪の回転を象徴的に移動キャメラで捉えて独特の叙情感あるテンポを生み出していく。
主演の阪東妻三郎氏は世代的にはサイレント時代の時代劇はほとんど観た事は無いし、他に観たのは戦後の【王将】や【素浪人まかり通る】だけ。あとは田村三兄弟、特に田村正和の父親とゆう知識くらいしかありませんでしたが。
この【無法松の一生】では本当に愛嬌ある笑顔を絶やさないし、それでいて豪快で反面繊細で、完全に松五郎とゆう役を体現していますね。
そしてこの作品では後半の松五郎が見る夢の場面のオーバーラップの編集が有名ですね。
これは有名な話ですが、キャメラマンの宮川一夫氏は後処理をせずに全てキャメラ内処理だけで幻想的なオーバーラップを完成させた。
つまりあるカットを撮影して、それを何コマか巻き戻してから次の違う場面のカット、またそれに違うカットを重ねて撮るとゆうむちゃくちゃ手間のかかる作業をされているのです。
まァこの場面は芸術的で素晴らしいです。
戦争の暗い影がこの映画に数奇な運命をもたらして、ヒロインの未亡人役の園井恵子は移動劇団の公演で訪れていた広島市で原爆で死去しました。
ストーリーの流れで見ると検閲のカットが影響して唐突なラストを迎えてしまって残念なんですが、それでも4Kレストアされたフィルムは綺麗に仕上がっていて、何よりこの時代の劣悪な録音環境で撮られた日本映画としては台詞が格段に聴き取りやすくなっています。復元に携わられたスタッフの方々には本当に感謝したい気持ちです。