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キング・コングのbのレビュー・感想・評価

キング・コング(1933年製作の映画)
4.4
最初から核心に触れるなら、コングが何のメタファーなのかと言うと、それは黒人奴隷だとか先住民族だとかではなく、白人男性以外の人間のメタファーだと思う(もちろんその中には黒人奴隷なども含まれている)
本作は単純な構造だけどモチーフに多層的な意味を感じ、いくらでも深読みできる強度がある。
以下深読みの羅列

・支配と服従
本作には「鎖に繋がれるもの」というモチーフが頻出する。
コング登場シーンでのヒロイン、コング、ヒロインのペットである猿のイギー(あれは鎖というよりはリードだが)
この三者には支配と服従というメタファーが込められている。
コングは人間(白人男性)に、ヒロインは白人男性に、ペットの猿はヒロインとの主従関係にある(自らの意思かどうかは関係なく)
そしてコングはヒロインとの主従関係も結んでいる(こちらは自らの意思で)、古い言葉だけどファムファタル的にヒロインに心を奪われ我を忘れてしまっている姿は、手なずけられたイギーと変わらない。コングとヒロインの間には見えない鎖がある。

劇中、映画監督の白人男性はキャスティングのため女性救済の家という貧しい女性の支援施設?に列をなす女性を品定めするように眺め、その後めぼしい相手が見つからないと、偶然万引き未遂をしていた貧乏な美人女性を見つけて映画のヒロインにならないかと勧誘する。彼が撮ろうとしていた映画の内容的に普通の女優をキャスティングできなかったというのはあるが、わざわざ貧しい女性の中からキャスティング選びをする部分に何やら男のダメな部分が出ている気がする。

・白人主義と優越性
なぜ島に黒人の先住民女性が大勢いるのに、コングは金髪ブロンドの白人女性に一目惚れしてしまうのか?
劇中映画監督の「大衆の欲望に答えてやる」というセリフがあるが、それを翻訳するなら「だってみんな金髪ブロンドが好きだろ?」って意味だろう。ここに関しては作為というよりは、無意識的な白人男性(本作の制作者)の眼差しが反映されたもののように思う。

・なぜコングはエンパイアステートビルに登るのか?
コングはヒロインと共にエンパイアステートビルに登る。ようやく登ったそのビルの頂点には、メリケン白人男性が飛行機で颯爽と現れる、そして引きずり落とされるコング。白人男性のヒーローに救われる白人女性(ハッピーエンド)。このエンパイアステートビルが何の象徴かは色んな見方は出来るでしょうが、個人的にはアメリカ白人男性を頂点とした社会のピラミッドだと思う。
この時代、コングが白人ブロンド女性と結ばれることはありえなかったのだ。

・以下雑感
コング登場シーンのメトロポリス、イントレランスなどを彷彿とさせるエキストラの量とセットの巨大感の迫力、これは今のところはまだ実物でしか出ないパワーだと思う。
映画撮影の加害生を描いている。原住民も女性もコングも被写体にし見世物として露悪的に消費する様を映画で見せるのは中々踏み込んでいる。
コングという化け物でありつつも人間との近似性を持った存在。否が応にも人間みを感じてしまうビジュアルや挙動はもちろん、スケベ心とか普通の怪獣では中々描かれない人間を彷彿とさせるメンタリティがある。ヒロインの服脱がしたり、脱がした服の匂い嗅いでウホウホ言ってる感じがスケベオヤジ感があってよかった…。
この作品はヒロインを執拗に怪獣に襲わせて悲鳴をあげさせている。これは鳥におけるヒッチコックの女優の扱いに近い。その都度コングが「やめなさいッッ!」って怪獣を払いのけるのがかわいい。
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