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小さな村の小さなダンサーのtakのレビュー・感想・評価

小さな村の小さなダンサー(2009年製作の映画)
3.4
中国出身のバレエダンサー、リー・ツンシンの激動の半生を描いた人間ドラマ。オーストラリアでベストセラーとなった原作を、「ドライビングMissデイジー」のブルース・ベレスフォード監督が「シャイン」のスタッフと撮ったオーストラリア映画。

申し訳ないが、安っぽい邦題で損をしているとしか思えない。全編のわずかな部分でしかない少年時代をチラシやポスターの中心に据えて、まるで台湾映画のチラシのような雰囲気を演出している。少年がバレエで成功を収めるストーリーだけに、あの「リトルダンサー」が念頭にあったのは間違いない。だが、これはまったく違う映画。少年の一途な努力物語ではなく、文化大革命に始まる激動の中国で運命を揺さぶられ、自分の信念を貫こうとした男のドラマだ。この映画が売るべきところは、主人公が成功を勝ち得るまでのドラマティックなエピソードの数々であり、背景にある政治的な出来事を知ることだ。売り方を変えたらもっと違う層を呼び込めたのではなかろうか。

ついでに言わせてもらうが、内容を紹介する文中に「迫真のバレエシーン」などと表現されていることにも違和感を感ずる。主人公を演ずるツァオ・チーは実際に英国でバレエ団で高い評価を受けているプリンシパル、「白鳥の湖」の舞台はオーストラリアバレエ団、とプロがやっている仕事だ。これを”真に迫っている”とは何事か。失礼ではないか。

映画を通じて異国の現実を知ることは、映画を観ることを続けていてよかったと思える瞬間。文化大革命で運命を左右される人々の映画なら、「覇王別姫 さらばわが愛」や「小さな中国のお針子」など、これまでもたくさんあった。それらは厳しい現実と政治が生んだ悲劇を描くことが中心であった。しかし、この「小さな村の小さなダンサー」はサクセスストーリーとしての爽快さをも併せ持ち、成功した主人公を一面的に描くのではなく、彼を支える多くの理解者や協力者、家族愛の大切さを教えてくれる秀作だ。政治的な狭間で何を信ずるべきか迷ったり、言葉の壁に迷う主人公はとてもユーモラスな場面。中国流の政治的なバレエを強要される教師の苦悩、アスリートを育てるかのような教育場面も印象的だ。

帰国を拒む彼を助けようとする弁護士にカイル・マクラクランが登場したのは実に嬉しかった。また、母親を演じたジョアン・チェン。「ラストエンペラー」で王妃を演じた華やかさとはまったく違う貧農の妻。亡命をした息子をののしりに来た役人に、「私は国に子供をとられたんだ!」と気丈に立ち向かう姿には感動した。「喜歌劇こうもり」でドン・キホーテを踊る場面はカメラを正面に配し、バレエ団関係者と我々は同じ目線で彼が成功するかどうかを見つめる。しかしこの後のバレエシーンはカメラは様々な角度から躍動的に撮られている。映画だからできるまさにプロの仕事だ。「ブラック・スワン」で描かれた「白鳥の湖」の舞台も登場。黒鳥に誘惑される王子を演ずる主人公。それを遠くから観ている妻ベスの心情。物言わぬ場面だが心に残る。クライマックスは確かにお涙ちょうだいな展開かもしれないが、それまでの主人公の思いや苦労を思えば素直にこちらも涙を流せる。「毛主席の最後のダンサー」と題されたこの映画。もっと評価されていいし、多くの人に観て欲しい映画だと思う。

北九州映画サークル協議会例会にて鑑賞。
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