Jeffrey

モレク神のJeffreyのレビュー・感想・評価

モレク神(1999年製作の映画)
3.0
「モレク神」

冒頭、山上にそびえ立つ邸宅にいる1人の女性。ナチスドイツの総統ヒトラーの恋人、エヴァブラウンだ。メイド、コック、警護の人々、山荘、側近のゲッベルス夫人とボルマン、一昼夜の休息。今、2人の時間を過ごす物語が始まる…本作はソクーロフが1999年に露、独、日、伊、仏で合作したナチスドイツの総統ヒトラーが恋人ブラウンの暮らす山荘に訪れた話を描き、後に「太陽」へ続く4部作の第1弾である。この度DVDボックスを購入して鑑賞したが素晴らしい。


この作品は監督のライフワークとして取り組んでいる"権力者4部作"の第1作にあたる作品で、20世紀を象徴するソクーロフが考える3人の歴史上の人物であるヒトラー、レーニン、ヒロヒト(昭和天皇)を取り上げる3部作に、ドイツのゲーテやトーマス・マンの作品を通じて知られているファウストを加えた4作品からなるプロジェクトになる(ちなみにファウストはベネチア国際映画祭最高賞の金獅子賞受賞している)。


ちなみにこの流れはすごく笑っちゃう話で、国籍も出身地もアメリカになっている監督のダーレン・アロノフスキーが審査委員長を務めた2011年に受賞しているのだが、彼はロシア系ユダヤ人の一家に生まれているため、ロシア人によるロシア人への最高賞を受賞させたと言う話になる。ここまで来ると審査の基準がよくわからなくなってしまう。まぁ、こんなどうでもいい余談話は置いといて、本題に戻るがこの権力者をとらえた作品はソクーロフ自体が20世紀の遺産を背負いつつ21世紀を生きる我々に与えた困難を伝えているような感じがするのだが、果たしてどうなのだろうか…。

ソクーロフ自体物語の舞台背景や設定を曖昧にすることが上手くて、この作品も正式とした年表が表されていない。ただ劇中で上映される映画"ドイツ週刊ニュース"では7月11日の戦闘についてのナレーションがある分、かすかに年代がわかるような雰囲気を醸し出しているが、もっと優しくなって欲しいものだ。主要な登場人物は実際に実在している人たちである分、色々とリアリティは増している。




さて、物語は山の上にある邸宅でブラウンとヒトラーのひと時を映した物語で、ヒトラーの望まない結婚をブラウンが望んでいる絶望的な葛藤や、幹部たちによるテーブルトークが歴史上の事柄を一つ一つ解明していく…と簡単に説明するとこんな感じで、ソクーロフ映画の群像劇になっている。


本作は冒頭から魅力的なファーストショットで始まる。まず部屋の扉が開き(そこは大きな城のような石造の景観) 1人のレオタード姿の女性が現れる。そこで踊りながら椅子に寝転ぶ。そしてお城の屋上から身を乗り出し地上を見て空を見て立ち止まる(この時、霧が濃くなっていく幻想的なワンシーンである)。

そしてカメラはその女性をとらえる望遠鏡のフレームへと変わる。1人の警護隊が監視しているようだ。その女はヒトラーの愛人であるエヴァ・ブラウンである。彼女は部屋の中に入り、ナチスドイツの鍵十字がついた小物を手に取る。そっとキスをして衣服に着替え部屋をあちこち移動する。そして1枚のレコードを手に取りかける。

音楽が流れ、彼女は1人でダイニングテーブルがあるその場所で踊り始める。カメラは長回しで彼女を捉え、移動する。そうすると時計の音が鳴り響き、カットが変わり彼女はテーブルの上に置いてある大きな虫眼鏡のようなものを手に取り書物を読む。そして総統のお出ましである。邸宅に住む使用人や料理人が一斉に出迎えて彼と握手をする。

そしてブラウンはヒトラーに花束を届けに行く。そして病気についてベッドの上でヒトラーが少し不機嫌そうに彼女と話す。そして関係者と会食の席のシーンへと変わる。ヒトラーが試写室で戦争映画を見る。スクリーンに食いつき、微笑むヒトラー。そのうち席から立ち上がる。

ここから先はネタバレになるので言及は避ける。




いゃ〜、なるほど。

こんな感じの映画なのかと思わされる。実際にヒトラーが持っていたドイツ南部オーストラリアとの国境付近にある保護地ベルヒテスガーデンに近いオーバーザルツブルクにあった山荘ベルクホーフがモデルになっているようだが、当時ブラウン率いる人々が山荘を暮らしていた歴史的な事柄を映像として見られるのは非常に興味深い。実際に物語の全体の枠組みが作りなされているし。

この映画凄いことに役者全員がロシア人にもかかわらず、喋っている言葉はドイツ語である。きっと後からドイツ人によるアフレコで声優が声を入れ替えていると思うのだが、登場人物の写真を見る限り当人たちに非常に似ている分、かなり特殊メイクが施されていると思う。ここら辺の入念な演出はさすがだと思わされる。

ところで、この山荘の室内シーンのセットもなかなか見ごたえがある。圧倒的な薄暗さに厭世さを漂わす不気味な絡みが怖さをにじます…。


余談だが、この作品はカンヌ国際映画祭でもその年最大の注目を集めていたのだが、結局脚本賞だけに終わってしまった。ところが脚本を担当したアラーボフはロシア映画で唯一カンヌ映画祭で脚本賞獲得した脚本家となったと言う事は周知の通りである。
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