Jeffrey

アシク・ケリブのJeffreyのレビュー・感想・評価

アシク・ケリブ(1988年製作の映画)
4.0
「アシク・ケリブ」

〜最初に一言、パラジャーノフのコーカサス幻想が炸裂した傑作中の傑作で、吟遊詩人の声に耳を傾けながら、独特の伝統楽器が全編を響き渡り、独奏する。場面転換とクライマックスはもはや文句のつけどころがないし、我々にそのイメージに満ちて贅沢すぎる体験を与える。これぞ彼の非ロシア映画であり、ビザンチン文化、原始キリスト教に通じる様式美が如実に現れ、意識高く描かれた格調の上をいくトルコ、アゼルバイジャン、グルジアの風土を歴史の織り成す中で解き放った傑作だ〜

本作はセルゲイ・パラジャーノフの遺作で、吟遊詩人と富豪の娘の恋物語を耽美的に描く映像絵巻で、彼がソ連で1988年に監督した作品である。この度BDBOXで久々に鑑賞したが素晴らしい。今回YouTubeでパラジャーノフ特集をやるため、再度鑑賞した。このときの配給元のシネセゾンは素晴らしい作品を多く出してくれていた。共同監督はダヴィッド・アバシーゼ、ミハイル・レールモントフの原作を基に脚本はギーヤ・バドリッゼ、撮影はアルベルト・ヤブリヤン、音楽をジャヴァンシル・クリエフが担当している。本作の凄いところは、アゼルバイジャンの町チルリ2世を撮影の拠点として、映画王国の名のもとにトランスコーカサス3国、アルメニア、グルジア、アゼルバイジャンの民族的障壁を解放してしまう点だ。それにロマンティックに描かれている。この作品でパラジャーノフは、イスラム的絵画やイコンなどの美術、音楽に深く耽溺し、目映いばかりの映像ファンタジーを作り上げていると思う。

彼が撮影に入ると、街の周辺の人々がこぞって高価なペルシャの絨毯や、民族衣装や、貴重な骨董品を差し出し、エキゾチズムの輝きを放つ本物の美術品でたちまち埋めつくされると言われているのも頷ける。まるで民俗博物館を覗いているような美術面の艶やかさには、1988年の第一回ヨーロッパ映画賞で美術部門賞が贈呈されている。親交の厚かった故タルコフスキーに捧げられたこの遺作は、ペレストロイカの進行で初めてソビエトから出国を許された88年以降、堰を切った勢いで海外の映画祭を回り、大絶賛で迎えられている話は有名だろう。でっち上げの罪状で1974年から4年間投獄されたパラジャーノフは「スラム砦の伝説」で奇跡的なカムバックを果たした。予言に従い、生きたまま砦に埋め込まれた中世グルジアの伝説に基づくこの映画は、色彩写本や中世のイコンから現実に躍り出たような謎めいたシークエンスで綴られる不思議なパノラマで有名だ。

記憶が曖昧だが、確か投獄された74年には、フェリーニ、ロッセリーニ、ヴィスコンティ、トリュフォー、ゴダール、ロージー、ブニュエル、アントニオーニ、レネなどがヨーロッパ中の監督を抗議運動に立ち上がらせた出来事(事件)もあったなあ。そのスケールに置いて、彼自身の存在が1つの事件だったのであると後に皆が言っていた。だが、死後に残された23本もの完成シナリオに対し、生涯の代表作品がわずか4本と言う事実には、想像の機会と時間を権力によって奪われ続けた作家への傷みを禁じ得ないとも言われている。だからせめて現存する最高傑作の公開をもっとしてほしいし、配信を始めレンタルとかでもどんどん出してほしいとファンとしては思うのである。このようなパラジャーノフの作品は配信もなければレンタルもされない、セル版を購入するしかないと言う非常に難しい立ち位置に置かれている作品たちである。


さて、物語はアシク・ケリブは貧しいが、才能に恵まれた吟遊詩人。彼は領主の娘マグリ・メヘルと愛し合っており、彼女の父親に結婚の許しをもらいに行く。しかし、富豪の父親は、身分の違う貧乏詩人に娘をつがせるなどとはもってのほかと、散々侮辱した挙句、彼を追い返す。アシクは嘆き悲しみ、身を立てて帰ることを誓って冒険の旅に出た。恋人のマグリは、父の決めた許嫁と一緒になるよりは死を選ぶ覚悟をし、千日待つと彼に誓った。冒険は苦難の連続だった。恋敵フルシュドは、アシクの服を盗んで街に戻り、彼が死んだと
吹聴する。彼の母は悲しみのあまり盲目になった。数奇な運命に弄ばれながら、アシクは旅を続けた。そして、いよいよ千日目が近づいた頃、彼の前に白馬の聖人が現れ、郷里の恋人の窮地を告げる。彼はその白馬にまたがり、たった1日で千里も隔たる郷里に帰った。さらに馬の蹄の土で母の目を治し、人々の前で奇蹟を証明した。マグリは恋人の帰還を喜び、様に何度も感謝するのだった…と簡単に説明するとこんな感じで、背景にアゼルバイジャン語が流れる作風で、色彩と共に音が重要視される作品だ。

作品はとにもかくにもエキゾチシズムで有り、色彩の洪水で見る者を凌駕する。ナレーションはグルジア語である為、何かしらの意図を感じるし、アラベスク模様で、夢の中を浮遊するかのような居心地良さと夢幻で、異次元の世界へ誘うかのようなパワーを発揮している。到底言葉では言い表せないようなビジョンがあり、見てもらうしか方法は無い。まず全編を流れるサーザ(トルコの撥弦楽器)の独奏や、チターによるアヴェマリアが流れたりする所は、あまりにも前衛的すぎて、このような事柄から投獄されてしまったのだろうなと感じる部分、土地柄も諸文化現象に触れ、精神に沈潜、飛躍し、古い歴史を心身に刻印しているのが感じ取れる。これはエッセイストのみやこうせい氏も言っていた。まだ見てない方ぜひお勧めする。
Jeffrey

Jeffrey