私も、いつこうなってもおかしくない。
派手な爆発もないし、展開を裏切ってくることもないし、謎解きがあるわけでもない。それなのに目を離せないのは、私たちもこうなってた可能性があったこと、これからこうなる可能性があることが分かっているからだ。
その深い哀しみの中で、画面を見つめることしかできない。
何を伝えたいかとか、メッセージはあるのかとかではなく、労働者階級のひとりの女性の人生を少しだけ描くこと、それが重要なのだ。芸術は「何を伝えたいか」ではなく、「何に光を当てるか」である。
最後、彼女の行動を賞賛したい。