パングロス

狂った一頁のパングロスのレビュー・感想・評価

狂った一頁(1926年製作の映画)
4.8
◎これを観ずして衣笠語れぬSurrealismな脳病院

1926年 新感覚派映画連盟 59分 白黒 サウンド版
✳︎1975年衣笠貞之助監督監修 音楽:村岡実•倉嶋暢

いやぁ、驚いた!

大正15年のサイレント映画(今回の上映は衣笠監督自身による1975年サウンド版)だから今まで観た日本映画で最も古い作品だと思うが、いま観ても全く古くない。

衣笠貞之助(1896-1982)と言えば、新派女形出身で時代劇を本領とする老大家といったイメージでいたが、若いころは、究極のモダニスト、世界も驚く(日本初の)アヴァンギャルド映画の作家だったとは!

【以下ネタバレ注意⚠️】







作品全般の解説については、Wikipedia が詳細だ。

*1 「狂つた一頁」で検索
ja.m.wikipedia.org/wiki/

Wikipedia の解説は長過ぎて、という向きには下記のサイトが手ごろかも知れない。

*2 狂つた一頁(1926年)
landolt-c.com/ja/archives/3642

また、古い映画で著作権保護期間をとうに過ぎたパブリックドメインであるため、YouTube などでも観れるようだが、画質はあまり良くなさそうだ。
京都文化博物館で上映されたフィルムは、多少劣化や傷はあるものの概して状態は良く、1975年に加えられたサウンド(音楽と犬の鳴き声などを含む効果音)もホワイトノイズ無しに鑑賞することができた。

各場面の画像については、下記のサイトが多数アップされていて参考になる。

*3 ミラクル沼尾のブログ Stay-Kick!!
『狂つた一頁』(1926年)、感想。
2017/12/0522:15
funkgrooviee.blog16.fc2.com/blog-entry-642.html

*4 ハイキングさ あべじゃ
狂った一頁 [衣笠貞之助]
2019/02/27 06:02
blog.livedoor.jp/tomozoh1003/archives/79158808.html

とにかく冒頭からディアギレフ(1872-1929)が演出したかのようなアール・デコ調を感じさせる美術のセットで、ポップな衣装に身を包んだ女性ダンサーがクルクルとまわるシーンから始まり、その本格的なことに驚かされる。
石井輝男のダンスシーンなど、足元にも及ばない素晴らしさだ。

物語の舞台は、当時有名だった松沢病院(*4 )に取材した精神病院だが、台本(原作)では「脳病院」と記述されているようだ。

*5 改訂版・江戸東京医史学散歩
2018年3月9日 投稿者: KHORIE
45. 映画『狂った一頁』(1):原作(川端康成)と作業療法場面
www.ishigaku-sampo.com/2018/03/09/

2018年3月29日 投稿者: KHORIE
46. 映画「狂った一頁」(2):川端康成の「撮影日記」
www.ishigaku-sampo.com/2018/03/29/

もちろん、全ての病室に鉄格子と鍵がかけられ、ベッドもろくにないような、いわゆる「牢屋」的な精神病院の環境は、それがたとえ松沢病院に取材したものであったとしても、現在では患者環境は改善されて全く異なるはずである。

こうした精神病院の描写から、日本でのDVDなどのソフト化ができないと言われているが、患者の描き方自体は、さほど問題があるとは思えない。

患者たちが糊の刷毛を手に持って封筒作りにいそしむ「作業療法」らしき場面もあるし、患者たち(ほぼ全員か)を外出させる「散歩」時間の場面もある。

もちろん本作のキモは、入院患者たちの「狂気」の表現にあるわけだが、それとて多数の俳優たちがそれぞれ個性的に演じているため、類型的、モブ的に処理されているといった印象を受けないのだ。

この時代に、精神病院を主な舞台とした作品としては、夢野久作の『ドグラ・マグラ』(1935年)が本作の9年後に出版されるが、構想に10年を要したと言われ、物語が大正15年(1926年)の九州帝国大学医学部精神病科の独房から始まるのも偶然の一致と言うより、同時代的な共振と見るべきだろう。

また、猫や犬、鶏といった動物たちも、たんに映されているだけでなく、動きを伴って、作品の動的な流れを産み出すのに寄与する「役者」としての役割を見事に果たしている。

多くの論者が、ドイツのサイレント映画『カリガリ博士』(ロベルト・ヴィーネ監督 1919年)の影響を指摘しているが、観たかどうか記憶にない。
むしろダリが脚本に参加したルイス・ブニュエルの『アンダルシアの犬』(1929年)を想起した。
ただし、本作の方が3年早く、時間も21分の『アンダルシア‥』に対して本作は今回観たサウンド版(1秒24コマ)で59分、オリジナル(1秒18コマ)で79分とはるかに長尺である。

脚本を川端康成が担当し、横光利一もアドバイザーとして関与し、衣笠本人も「新感覚派映画連盟」と「新感覚派」を標榜しているが、本作がヨーロッパにおけるシュールレアリスムの影響下にある作品であることは明らかだと思う。

そして、冒頭のディアギレフを想起させた踊り子をはじめ、日本髪を結う主人公(井上正夫)の娘(飯島綾子)らを除くと、登場人物のいでたちも含めて、あたかも1970年前後のアングラ演劇、暗黒舞踏と見紛うばかりのルックを呈していることに驚かされる。

1975年に衣笠本人の監修で追加されたサウンドは、尺八奏者にして現代邦楽の推進者であった村岡実(1924-2014 *6 )による音楽と溝口健二の『お遊さま』(1951年)や安田広義の『大魔神』(1966年)など数々の映画で音響を担当した倉嶋暢(*7 )による音響効果を加えたものだが、1926年の画像との相性は時代的にもピッタリだったと言えるのではないだろうか。

*6 「村岡実」で検索
ja.m.wikipedia.org/wiki/

*7 倉嶋暢
www.jmdb.ne.jp/person/p0240890.htm

村岡実の音楽は、一部邦楽器による演奏も入るものの、全般的にはアブストラクトな現代音楽と言うべきもので、おそらく倉嶋暢の音響と渾然一体となっているシーンも多い。

ただ後半で、主人公の夢想シーンとして、街中を大がかりな「聯合大売り出し」宣伝の楽隊の行列が行進するシーンがあったが、ここでは村岡は瀧廉太郎の「箱根八里」の吹奏楽アレンジを加えていて、浮き立つ雰囲気を見事に演出していた。

この1975年ニュー・サウンド版もある種のディレクターズ・カットでもあり、衣笠が公開直前に横光利一のアドバイスから無字幕作品とした本来の鑑賞方法を味わえる芸術的価値の高い編集だと感じた。

また、一方では、オリジナルの再生速度による上映、活弁士の説明入りの上映なども行われているようである。

*8 無声映画 狂った一頁 上映会 弁士・楽士付
www.bungakukan.or.jp/wp-content/uploads/2019/02/「狂つた一頁」上映会-.pdf

*9 説明台本「狂った一頁」 片岡一郎
www.jstage.jst.go.jp/article/yokomitsuriichi/2020/18/2020_105_2/_pdf/-char/ja

とにかく衣笠貞之助についてはもちろん、日本映画のイメージにも大きな変更を迫る映画史上の大傑作である。

ただし、字幕がないため、本来意図されたストーリーを理解しきれなかった(楽隊や福引のシーンが夢であること、娘の結婚が破談となったこと、など)ことも事実であり、その点のみ少し減点したが、本来満点以上の価値を有する作品である。

《その他の参考》
*10 惚れたといったら嘘になる恋といったら笑うだろ
2008-07-28
狂った一頁〜衣笠貞之助から渡辺文樹まで
migime.hatenadiary.org/entry/20080728/p1

*11 大山崎東向日のあたり
「狂った一頁」のDVDとか、そのへん
2009/03/02 20:07:03
ohyamazaki.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/dvd-5495.html

*12 一夜一話
映画『狂った一頁』  監督:衣笠貞之助
2022年11月13日 更新 2010年08月08日 公開
odakyuensen.blog.fc2.com/blog-entry-98.html

*13 21世紀、SF評論 2012年12月11日
京フェス「狂った一頁」についてのささやかな解説(高槻真樹)
sfhyoron.seesaa.net/article/306297731.html

*14 良い映画をほめる会 2014年01月26日
『狂った一頁』(1926)奇跡的に見つかった日本発の前衛映画。未だ発売されず。
yojimbonoyoieiga2005.seesaa.net/article/201401article_8.html

*15 こんなんみっけ
今日見た映画『狂った一頁』 2016/09/1423:59
shira713.blog.fc2.com/blog-entry-4926.html

*16 つぶやき館 (元祖つぶやき館)
『狂った一頁』1926年、衣笠貞之助、(原作:横光利一、川端康成)「表現主義」のあるいは頂点か?
2019/12/01 00:49
tsubuyaki3578.com/article/201912article_1.html

*17 HUREC AFTERHOURS 人事コンサルタントの読書・映画備忘録
【1057】 ? 衣笠 貞之助 (原作:川端康成) 「狂った一頁」 (1926/09 衣笠映画連盟) ★★★? (? ピーター・ブルック 「マラー/サド」 (67年/英) (1968/11 ユナイト=ATG) ★★★?)
http://hurec.bz/book-movie/archives/2008/12/1057_192609.html

*18 映画の他の可能性〜『狂った一頁』の受容と映像のコード化
アーロン・ジェロー
works.bepress.com/aarongerow/43/download/

*19 『狂った一頁』の周辺〜横光利一と映像メディア〜
別所誠
www.jstage.jst.go.jp/article/yokomitsuriichi/2009/7/2009_27/_pdf/-char/ja

*20 一九二 0年代のシュルレアリスム受容と川端康成 ー『弱き器』『火に行く彼女』『鋸と出産』ほか
川勝麻里
researchmap.jp/ri-sa/published_papers/5150633/attachment_file.pdf

*21 新感覚派における〈映画〉の意義〜川端康成と『狂った一頁』との関わりを軸に〜
大久保美花
meiji.repo.nii.ac.jp/record/9971/files/komyunikeshonkenkyu_11_19.pdf

《上映館公式ページ》
京都文化博物館
特撮魂!映画職人の夢と汗
2024.8.6(火) 〜 9.5(木)
www.bunpaku.or.jp/exhi_film_post/20240806-0905/
パングロス

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