若い頃は、何だか優等生の映画な気がして、他の代表作と比べると物足りなかった。改めて観たら、一瞬も緩まずに押し寄せる怒涛のエピソードや、それを描き切る安定力に驚いた。鑑賞中はずっと、次はどうなる?何がくる?と、1秒先が楽しみで仕方ない。3時間の尺でも、まだ終わってほしくなかった。
鑑賞後、この映画の主演は誰だったのだろうと考えると、私の中では三船敏郎でも加山雄三でもなく、市井の人々。ここが私にとって黒澤明監督らしさ。その眼差しに、深い愛と洞察を感じるところが好き。
例えば、車大工の佐八(山崎努)のエピソード。お話自体より、あの章が良いのは、彼を慕って集まる患者達(布団を被りながら立ち歩くのが笑)や、今際の際で彼が語る半生を、おいおい涙を流しながら聴く長屋の人達。このオーディエンスの存在が、ドラマを違う次元に押し上げていると思う。
おとよと長坊の会話だって、干した布団の陰から目撃した人物がいるから深みが増す。あ、長坊といえば、予想を超えてきたのが、一家心中で搬送され、瀕死の状態で、おとよに詫びるシーン。長坊から左横にパンして、母親の菅井きんが、この場面に追い討ちをかける。なるほど!と思ったら、そこから更に左上にパンして、お父さんの昇天もどき。まさか、こうくるとは!これには恐れ入った。しかも独特の遊び心がある。賄い女たちの井戸の叫びも良かったな。あの章のクロージングを、井戸底からの反転&一滴の水にしたの、完璧すぎる。脇役達もサイコー。