じゅん

エンター・ザ・ボイドのじゅんのネタバレレビュー・内容・結末

エンター・ザ・ボイド(2009年製作の映画)
4.9

このレビューはネタバレを含みます

いやもう、とにかく素晴らしかった。
薦める相手を厳選したうえで、必見中の必見の一本とお伝えしたい。
以下、若干ネタバレや不穏当な表現があるので、劇場を楽しみにされるかたや、アグネスなかたはご遠慮いただければ。

鬼才ギャスパー・ノエ監督の新作。舞台は新宿歌舞伎町。
主人公は海外から日本にやってきて、歌舞伎町で覚醒剤の売人をしている若い男。と、いまはストリッパーで生計を立てているその妹。
男は、ひょんなことで警官に射殺されてしまう。それからは、成仏できずに歌舞伎町をさまようその男の主観映像ひたすら。の2時間強の映像体験。

まずイントロのスタッフロールがすばらしい。派手で下品で光刺激が非常に強い、ポケモンショック的には非常にまずいアレ。ビデオアートだとふつうだけどね。
この映画、音楽担当がDaft Punkのトーマ・バンガルテル (ヘルメットの目が横長のほう)。
そういえば前作もそうだった。
タイトル曲は、LFOのFreakをおそらく彼がぐちゃぐちゃにカットアップしたもの。このスタッフロールだけ、明け方までずっと爆音で上映していてほしいぐらい気持ちいい。ほかにもスロッピン・グリッスルなんかも使ってるみたい。不勉強で、映画のどこにTGが使われてるのかわからなかった。ご存知のかたは教えてください。ユニット名の語源的にもThrobbing Gristleこの映画にぴったりなんで。

そのあとの、ドラッグでトリップして沈潜してゆく精神状態を、サイケかつどこか生物学的に表現していくCGアートが、すばらしい。iTunesビジュアライザがもっと気持ち悪くなったようなやつ。
ここでは音はノンリズムの不気味な持続音ばかりで、70年代初期のタンジェリン・ドリームみたいだ。ここはぜひ見て体験してくださいとしか言いようがない。

この映画、たぶんギャスパー・ノエ作品にしては、キツい描写は少なめだ。もちろん、ドラッグ関係やセックスシーン、プラスアルファぐらいはふんだんにでてくるが、前作「アレックス」(この邦題嫌い。原題 Irreversible のほうが、あらゆる意味で良いと思う)みたいに、いきなり酸素タンクで殴打惨殺する数分間。とかはないので、比較的安心して落ち着いて観ていられる。最初のほう、予測不可能に唐突に、ヤクザが小指を落とされるアップぐらいはいきなり割り込んでくるかと戦々恐々としていたので、ちょっと損した。ただ、望まない妊娠について切ない体験にかかわった経験のあるかたは、要注意かも。

主人公、死んでからは、延々と魂のまま漂いつづける。台詞のない客観映像。ずっと俯瞰している。それがあたかもワンシーンのごとくずっとつながっているので、2時間の長回し映画といえなくもない。もちろんCGをふんだんに使っているのだろうが、暗く不気味で淫猥な歌舞伎町をふらふらと彷徨うこの映像感覚は、「ブラック・レイン」でもない、「攻殻機動隊」でも「マトリックス」でもない、また新たな独自なものだ。僕はかなり魅了された。だめな人、飽きるひとは1分でだめかもしれないけど。映画と思わず、映像アートのインスタレーションぐらいに思って鑑賞してもいいかもしれない。

この映画、いちおうR-18指定だ。ただ、どっちかというと、薬物、ゼッタイ、ダメ。の方面でR-18になっているのかな。セックスシーンは多くて、そうか、終わりのところは延々とポルノ映画みたいなシーケンスなのでだめか。おそらく試写会のときはかかっていなかったぼかしが、性器などにはかかっている。こういうのって、かえってイヤらしくなってげんなりするものだが、この映画そもそもゆらゆらぼんやりなドラッギーな映像体験なので、そこはあまり気にならなかった。だいたい、この映画観て、いやらしい気分になるひとなど皆無だろう。ただ、エンディングのほうの、人体の仕組み的なやつは、もうボカシもモザイクもへったくれもないので、そのまま。

ラストの延々と俯瞰するラブホテルのシーケンス、ちょっと長いなしつこいなと思ったけど、途中で、主人公が幼いころに両親のセックスを目撃した、その追憶が再帰的に現れるところで、はたと気づいた。これ、「2001年宇宙の旅」のクライマックスシーンと同じなんだよ、まさに。ずばり。
「2001年宇宙の旅」も、人類の輪廻転生を生殖に写像するという、非常にメタな構造として解釈が可能で、あの宇宙船は形状も精子のメタファーなのはご存知のとおりだが、ボウマン船長が老衰した自分がいる部屋を自分がのぞきこむ(ような流れで構成された) あのシーンと、僕は勝手にイメージが合致した。
いろんなレビューをみてみると、なぜ延々とラブホテルの俯瞰が入るのかわからないという声が多かったが、映画の出だしのほう、主人公の友人が、チベット仏教の輪廻転生のメカニズムを解説するところ (魂はさまよい、そして、ひとの性交のさまを追い求め、その光輝いてみえる性器のさなかにジャックインすれば、己も光に包まれて、輪廻転生が成就する)を覚えていれば、必然性はある。この映画、ドラッグのバッドトリップと、成仏できずlimboにさまようさまを重ね合わせるような滅茶苦茶な題材のくせに、けっこう伏線が注意深く張られ、きちんと回収される。ので、映像体験を恍惚とたのしむばかりでなく、会話やシーンはきちんと追ったほうがいい。

いろいろあるけど、結局この映画の根底に流れるのは、無常観というか「モノノアハレ」だ。前作「アレックス」でもそれは感じた。この「モノノアハレ」を、ドラッギーな音楽と前衛的感覚的な映像で延々と味わえるのだから、これはたまらない。
というわけで、これは、繰り返しになるが、相手を選んで、必見中の必見の一本だ。東京での映画館での上映は6/11 friまでらしいので、観たいかたは急いでほしい。場所はまさに歌舞伎町の中心のシネマスクエアとうきゅうだ。歌舞伎町を舞台に選んだこの映画を、歌舞伎町の中心で鑑賞できること、ついでにいえば東京・日本に歌舞伎町というミクスチャーな街があることを、東京生まれの人間として誇りに思う。