〝君がそれを作れば、彼は来るだろう〟不思議な声を聞いた男は、とうもろこし畑に野球場を作り始める。ケビン・コスナーの主演で大ヒットした野球を題材としたファンタジー映画。
名作と言われている割に日本での評価は高くないが、それは致し方ないことだと思う。この映画を心底楽しむためには、メジャーリーグのある不幸な事件についてある程度の知識を要するからだ。
原作はW・P・キンセラの小説「シューレス・ジョー」。はだしのジョーとは実在の人物で1910年代にメジャーリーグで活躍したシカゴ・ホワイトソックスの伝説的スラッガー(生涯打率は何と0.356)、ジョゼフ・ジェファスン・ジャクソンのことだ。
1919年の対シンシナティ・レッズとのワールドシリーズでアメリカ野球界最大の黒歴史と言われる八百長事件が発覚する。八百長の疑いをかけられ悲運の8人〝アンラッキー・エイト〟の1人として絶頂期のジョー・ジャクソンも球界を永久追放されたのだ。
その8人の中で、彼の名前だけは今でも多くの人々の記憶にとどまっている。それは1人の少年ファンが彼に向けて叫んだと言われる〝嘘だと言ってよ、ジョー!〟(Say it ain't so Joe)という祈りにも似た言葉が悲痛な慣用語句として余りにも有名だからだ。
ちなみにロバート・レッドフォード主演の「ナチュラル」の原作の主人公ロイ・ハブスは、明らかにこのジョー・ジャクソンをモデルにしているが、小説は少年が主人公に〝嘘だと言ってよ、ロイ〟と呼びかけるところで終わっている。
この映画に対する私の思い入れは他の映画ファンの方と少し違うかもしれない。プロフィールにも書いたが、根っからのMLBファンである私は、この映画の原作「シューレス・ジョー」も当然読んでいた。
更に1919年のシカゴ・ホワイトソックスの八百長スキャンダルについて書かれたノンフィクション「エイトメン・アウト」(後に映画化)でこの不幸な事件のことも知っていた。
たしかに選手も悪いのだが、オーナーが余りにも酷すぎた。選手たちにしかるべき給料を払わないで、使い捨てみたいに扱って、それに怒った選手たちが、ついに最後に反抗したことが背景にある。
この余りにも有名なスキャンダル(ブラックソックス事件)とその背景を知っているとこの映画の中で主人公のレイ(ケビン・コスナー)が、彼らに球場を使わせて野球をやらせてあげる場面の見方も変わってくる。
とは言え野球に興味のない人は楽しめないかと言えば、そんなことはなく、本作の根幹は中年という人生の分岐点に立った主人公がアメリカの国民的スポーツ、野球に想いを託し、失われた何かを見つける話だ。
その何かとは、夢や希望、哀惜や過去への郷愁、親子の絆でありその象徴が野球なのだと思う。
レイが作ったとうもろこし畑の中で夢を果たせなかったシューレス・ジョーらは思いっきり野球を楽しむ。そして遂にレイ自身も自分の夢を実現する。ラストのキャッチボールは涙なくして見ることはできない。彼らにとって、そこは紛れもなく〝夢の球場(楽園)〟だった。
それを作り、彼はやってきたのだ。
〈あらすじ〉
農業を営み、家族と平和に暮らす36歳の男性レイ。ある日彼は、とうもろこし畑の中で「君がそれを作れば、彼は来るだろう」という不思議な声を聞き、とりつかれたようにとうもろこし畑の真ん中に野球場を建設し始める。貯金も使い果たし、周囲からも変人扱いされていく彼だったが、妻のアニーだけは夫の想いを優しく見守る。やがて完成した野球場に、かつて八百長の疑いで追放された伝説のプロ野球選手シューレス・ジョーが当時の姿のまま現われて……。
公開時に劇場で鑑賞した映画をDVDにて再視聴。