櫻イミト

アフター・アワーズの櫻イミトのレビュー・感想・評価

アフター・アワーズ(1985年製作の映画)
4.0
スコセッシ監督作の中で異彩を放つ不条理ブラック・コメディ。「タクシー・ドライバー」(1976)以来10年ぶりの低予算独立映画。撮影はファスビンダー監督組の常連、ミヒャエル・バルハウス。

ニューヨークに住むワープロ技師のポール(グリフィン・ダン)は終業後に寄ったカフェでマーシーという美女と出会い、彼女が彫刻家のルームメイトと住むソーホー地域のアパートを訪れる。それは異常な一夜の始まりだった。。。

こぅ様からのご紹介で鑑賞。

巻き込まれ&パズル型のシナリオを抜群のテンポで描いていて、映画があっという間に感じられるエンターテイメントな一本だった。

スコセッシ監督の映画はポール・シュレイダー脚本ばかり観てきたので、このような不条理コメディも巧みに作るものだと感心した。前作「キング・オブ・コメディ」(1983)もブラックではあるがベースは人間の内なる狂気を炙り出す通常運転(!)だった。本作はコメディに全振りし、加えて監督の地元ニューヨークのいかがわしい魅力を強く打ち出していた。ウォーホルのファクトリーを思わせる新聞彫像家の広い部屋。夜の人気なく薄暗いカフェ。クラブ・ベルリンの狂騒と怪しげな地下室。どのシーンも美術が自分好みで楽しい。

サラリーマンのちょっとしたスケベ心から始まる夜のニューヨーク受難めぐり。受難のきっかけとなるのは次々と現れる女性たち。夜の街にうずまく性社会は日常とは違う異界であり、エスカレートさせて描けば「ホステル」(2005)のようなホラーになる。その意味で本作は、都会が舞台だが“怪村ホラー”のフォーマットで構成されている。

パズル型のシナリオには、「運命じゃない人」(2005)など内田けんじ監督の諸作を連想した。本作に似た「アフタースクール」(2008)というタイトルもあるので、大きな影響を受けているのかもしれない。

※本作のシナリオはコロンビア大学の学生ジョゼフ・ミニオンが卒業制作で書いたもの。スコセッシ監督インタビューによれば“出会う人物すべて、起こる出来事すべてが彼を生きては帰らせない陰謀をたくらんでいるように見えてくる”面白いものだったが“結局は何でもなかった”というオチが物足りずスタッフ5人で書き直した。第一稿では“魔力を秘めたエンディングが欲しく”、ジューンが巨大化し主人公が子宮に隠れるというという結末を書いたがプロデューサーが大反対。“ストーリーの前提として、つねにこれは起こり得ることなんだというのがあった。ところがこの結末はシュルレアリスティックな解決法”との指摘に反論できず書き直し。なんとスピルバーグ監督やテリー・ギリアム監督のところにまで相談に行き、現在の形になったとのこと。

「キング・オブ・コメディ」の製作費は2000万ドルだったのに対して、本作は450万ドルで完成。費用を抑えられたのはファスビンダー監督の早撮りで鍛えられたバルハウスの力が大きかったそう。本作のファースト・カットはファスビンダー作品で良く観かけたクイック・ドリー・ズームが使われていた。主人公と観客がこれから映画に巻き込まれていくことを予感させる秀逸なファースト・カットだった。
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