Jeffrey

ハメルンの笛吹きのJeffreyのレビュー・感想・評価

ハメルンの笛吹き(1972年製作の映画)
3.0
「ハメルンの笛吹き」

本作は、名匠ジャック・ドゥミが1971年に監督したイギリス、西ドイツ、米国合作の映画で、この度国内で初ソフト化され、BDを購入して初鑑賞したがよかった。今回は日本語吹き替え(モノラル)も入っており、あの有名な民話を完全映画化した作品である。有名なドイツ民話"パイド・パイパー"の映画化で、製作はデイヴィッド・パトナムである。さて、物語は旅芸人一座と吟遊楽士の若者はハメルンの街へやってくる。各地でペストが猛威をふるっており、やがてその波はハルメンの街へ届いた。街に溢れかえるネズミにパニック状態の市長へ、若者は報酬と引き換えに自分がネズミを駆除しようと提案する。若者が笛を奏でるとその音色に誘われてネズミたちは一斉に街からいなくなった。しかし、若者が約束の報酬を要求すると市長たちはみんな知らん顔。

そして明け方、再び若者のの笛が街に響き渡ると町中の子供たちが集まり始めた…と簡単に説明するとこんな感じで、フランスの監督ドゥミが制作したファンタジーメルヘンで、人気シンガーのドノヴァンが主演し劇中で美しい歌声を披露している。「小さな恋のメロディ」のジャック・ワイルドほか、ジョン・ハートやドナルド・プレザンスなど豪華英国俳優が集結しているのも見ものである。冒頭のシーンからかなりメルヘンチックである。音楽もそうだし、映像もそうである。「シェルブールの雨傘」や「ロシュフォールの恋人たち」などの華やかな恋愛ミュージカルで広く知られている監督が、音楽こそ重要な主題の1つでもあるものの、「ロバと王女」や「パーキング」と並び寓話や神話を題材とした彼のもう一つの系列に属する作品とされており、両者は作風的に異なる場合もあり、事実、この映画では疫病と言う深刻な主題が扱われ、シリアスな政治的側面も感じられる1本である。

だが、監督のミュージカルにおいて中心的主題となる偶然の出会いや魔法にかけられたり、この作品でもやはり重要な役割を果たしている。旅芸人一座と巡礼者、そして笛吹が偶然出会うことで始まるこの物語は、笛吹によって魔法にかけられたネズミや子供たちがハメルンの街を脱出することで閉じられるのである。物語の下敷きにされたドイツの民間伝承は、グリム兄弟など様々な作者が取り上げているが、監督が選んだのは、中でも19世紀イギリスの詩人ロバート・ブラウニングによる物語だったと映画評論家の大寺氏は言っていた。北方ルネッサンス絵画、とりわけブリューゲルから大きなインスピレーションを受けつつ、その世界の視覚化を進めたと言う。権力や市民社会をユーモラスでグロテスクに風刺した絵画で有名なブリューゲルは、この作品の主題面にも大きな影響与えていたかもしれない。

別の側面から見れば、本作は、映画製作者が彼の若い仲間たちとともにフランスの巨匠ドゥミをイギリスに招いて撮った作品だとも言えるそうだ。中世ヨーロッパにおけるペストの大流行を背景にした作品だが、物語の中心にあるのは、疫病への恐怖以上に人間社会の腐敗であり醜さである。教会権力や封健領主によって複合的に支配される権力システムこそが、この作品における真の恐怖として描かれている。さらに、旅芸人などのボヘミアンやユダヤ人、障害者などのマージナルな人々に対する排他的意識もまた、市民社会の醜さとして表されているとの事。物語の最後でドノヴァン演じる笛吹が音楽で導き、解放するのは、そうした大人社会の中で抑圧されてきた子供たちの瑞々しい感性と体であった。この映画疫病をテーマにしていて、コロナ真っ盛りのこの年に発売されるのがなんとも皮肉であり驚きを隠せない。
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