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危ない話のnetfilmsのレビュー・感想・評価

危ない話(1989年製作の映画)
3.9
 冒頭、林の中に据え置かれたカメラが林を抜けようとする一人の男をロング・ショットで据える。そこから幾多のもやが立ち込めている。あの『カリスマ』の幻想的な林のショットの原型は、既にこの時点から黒沢の中にはっきりとイメージとしてあったと言っていい。男は林道に出ると、瓶詰めのウイスキーを呷っている。既に足元は千鳥足で歩行もおぼつかない。そこに物凄いスピードでトンネルを走り抜けたおんぼろのトラックが、人の存在を無視するかのように猛スピードで通り過ぎる。間一髪、体にはぶつからなかったものの、ウイスキーの瓶はコンクリートに叩きつけられ、酩酊した男は激怒する。このトンネルのロケーションは明らかに神代辰巳『赫い髪の女』のファースト・シーンへのオマージュである。あのあまりにも印象的な徒歩でトンネルを抜ける宮下順子を左側に据えて、右側を勢い良く走り過ぎるトラックの描写が、今回はスピルバーグ『激突』のように凶器として男の前に現れるのである。そこからジャンプ・カットでトラックに詰め寄るが運転手は既にその場を離れていていない。怒りをぶつけるあてのなくなった男は旗をむしり取り、小便をかけるが、既に彼の背後には恐るべき生物が潜んでいるのである。

 今作は黒沢清が正面切って、ジャンル映画としてのホラー映画に果敢にも挑戦した35分の中編である。グリーグのペール・ギュント第1組曲の「山の魔王の宮殿にて」を大胆に使いながら、謎の大男2人は殺戮を繰り返している。前作『ドレミファ娘の血は騒ぐ』でもクラシック音楽とテープレコーダーが重要な意味を持っていたが、今作でも小道具としてのカセット・テープの使い方が実に効いている。恐怖は足音ではなく、この「山の魔王の宮殿にて」の音楽が近付くことで明らかにされる。作家の園田(石橋蓮司)は突然来訪した虚無僧の2人を変な格好をしたセールスマンだと勘違いし、カセットテープ・レコーダーを切る。しかし上を見上げるとそこには既に抜かれた刀が、彼を今にも襲おうとしているのだった。2人の虚無僧が理由なく作家の別荘に押し入り、彼の命を付け狙う物語を、ホラー映画の定石を踏まえながら、活劇として描こうとしている。無残にも惨殺されるファースト・シーンの後、ほんの数カットで石橋蓮司の職業や境遇を観客にわからせるハイ・アングルのカメラワークが素晴らしい。

 すりガラスの向こうに見える不気味なシルエット、そこに浮かぶ虚無僧の藁で作られた半円状の帽子、立て付けの悪い木製の平屋に危機が迫った時の、1cm程の隙間から飛び出す刀などが恐怖を演出する。
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