やました

メメントのやましたのレビュー・感想・評価

メメント(2000年製作の映画)
4.0
ネタバレ注意。

「メメント」とは、元々はラテン語で「思い出せ」という意味であり、英語では「記念品」や「思い出」を意味する言葉である。

前向性健忘を患う男レナードが妻を殺した男を追う一風変わったサスペンス。
時間を遡っているはずなのに(というか、だからこそ)謎が解けていき物語が進んで行くという発想だったり、終盤の予期せぬどんでん返しや、数分前の出来事を完全に忘れる主人公という設定、、、と、要素がてんこ盛りになってとにかく面白い!
既に殺した妻殺しをいつまでも追い続けるという終わりのないループに閉じ込められたレナードはどうしようもなく可哀想だ。しかも「目を閉じても世界はそこにある」というレナードなりの哲学からは地球中心説のような狂気さえ感じられる。
だが同時に、記憶を失ったりテディやナタリーなど周りの人間に操られながらも、自分だけを頼りに犯人を探し出そうと奮闘するレナードからは一種の自己中心主義に満ち溢れる不屈の精神を見せられた。
いい意味でも悪い意味でも「自分」について語る映画だったと思う。

ここで、記憶や事実の不確実性に注目したい。
「人間の記憶は曖昧だ。でも事実はそうじゃない」とレナードは言う。だが本当にそうだろうか。実際、レナードは彼自身がメモした数々の「事実」を繋ぎ合わせそれに従った結果、自分だけの物語を作り上げ秘密警察のテディをジョン・Gだとして殺した。(そもそもレナードを巧みに操っていたテディの言葉を鵜呑みにするのにも少々疑問が残る。ナタリーが本当にドッドに脅されていたかどうかも定かではない。)つまり、「事実」と呼ばれるものも結局は曖昧なものなのだ。例えば、先人たちが残した記録という「事実」だけを頼りにする歴史だって不確実極まりない。彼らが書いたものは改竄されていないとは断言しえないし、彼らの主観が多かれ少なかれ必ず入っているからだ。
この映画でも同様に、レナードは「事実」に彼自身の解釈を加えて自分だけの物語を作っていく。妻の形見を焼き、自分の言葉を体に入れ墨として刻み込む彼は文字通り自分の言葉に囚われている。一見するとこの状態は非常に危険で不自由なのだが、同時に彼はもっとも自由であるのだ。
安部公房の『鞄』を彷彿とさせる話だった。
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