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アイアン・ジャイアントのsatoshiのレビュー・感想・評価

アイアン・ジャイアント(1999年製作の映画)
4.8
 8月に最新作『インクレディブル・ファミリー』の公開が控えているブラッド・バード監督。彼が生み出した名作。先日「アニメ秘宝」を購入して読んでみたら、かなりの方がこれを挙げており、興味が湧いたのと、最新作の公開も近いのでちょうどいいと思い鑑賞。

 めちゃくちゃいい映画でした。内容はまだ何者でもない少年が謎の巨大ロボと出会い、交流を深めていくという、ぶっちゃけロボット版『E.T』。しかし、本作はこの要素に加え、「なりたい自分になれよ」という監督のメッセージが存分に込められています。本作のメインはジャイアント。彼はどこかの星で作られた殺戮マシンです。しかし、記憶を無くし、自分を見失っていたときに少年と出会い、彼との交流の中でいつしか「あるべき自分(=殺戮マシン)」とは真逆の存在「スーパーマン」に憧れるのです。

 ただ、『スーパーマン』を知っている方ならピンとくると思いますが、このジャイアント、そもそも「スーパーマン」そのものなんですよね。スーパーマンもクリプトン星からやってきた宇宙人で、地球人とは比べ物にならないスーパーパワーを持っています。そんな彼が何故「ヒーロー」として尊敬を集めているのかと言えば、その力を人々を助けるために使っているからです。だから、これら『スーパーマン』の姿は、ほぼそのままジャイアントに重ね合わせることができます。つまり本作は、『E.T版スーパーマン』と言える内容なのだと思います。中盤でスーパーマンのように飛翔し、ラストで憧れである「スーパーマン」となった彼を観て、涙が止まりませんでしたよ。

 この相似だけでも素晴らしいのですが、本作ではそれにさらに要素が付加されて、より奥深い作品となっています。それが1950年代という時代です。ご存知の通り、この時代、アメリカとソ連は冷戦状態に入り、核兵器の開発に明け暮れ、「どちらが先に核兵器を打ち込めるか」ということに疑心暗鬼になっていました。本作はこの冷戦構造を、ジャイアントを核兵器に見立てることで寓話的に描いているのです。記憶を失っているため、攻撃さえしなければ無害な存在である彼を、「空から降ってくるものは全てソ連の兵器だ」という妄想に憑りつかれた人間が危機を煽って軍隊にわざわざ攻撃させ、実際反撃されたら「やっぱり危険だ」といってさらに攻撃させるという様は、現代に生きている我々から観ても非常に既視感があります。しかもそれを煽っているのが国の諜報機関の人間ってのがまた何とも。ただ、これらは単体で見れば深刻ですが、かなりコミカルに演出しているため、子どもでも十分楽しめる作品となっています。

 また、アニメーション的にもセンスの塊で、カットの繋ぎ方、必要な情報を映像で見せる手腕、そして見事なカメラワーク。さらにジャイアントですね。最初こそ無機質な表情をしていた彼ですが、観ていくうちに、だんだん感情がある気がしてきて、ラストの「表情」ですよ。本当に素晴らしい。しかも、本作は時間が86分と短い。短くて深くて面白い。文句の付け所が無い。

 このように、本作は「なりたい自分になれよ」というテーマを『E.T』『スーパーマン』の要素を用いて完璧に描くだけではなく、冷戦も巧みに盛り込むことで極めて多重的な内容を表現することに成功した傑作だと思います。
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