キャプまる

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Qのキャプまるのレビュー・感想・評価

3.5
破の終わり方からどうつなげるのか期待していたらまさかのつなぎ方で衝撃を受けた。
視聴者はシンジと同じく何が何やらわからない状態で物語は進んでいく。あの最初に戦っていたのは何なのか?カラーリングが同じ敵が複数いたがどういうことなのか?なぜミサトもアスカも特に何も説明しないままあの態度を貫き通すのか?わからないことだらけである。

今回は本当に”繋ぎ”という要素が強い作品となっている。なので今作単体で何かテーマがあったり、一つのまとまった物語があったりということはなく、ひたすら新しい状況を見せて最後らへんでゲンドウの補完計画が動き出した...という内容でしかない。
なのでこの作品単体でどう感じれば良いのか非常に難しいし、言い換えれば一つの映画作品としては体を為していない気もする。

序から顔出しに留まっていたカヲル君が本格的に登場。
ピアノを通じてシンジとの関係性を作っていくのは良かったし、直接か間接的かの違いはあれどシンジの行いによってカヲル君が..という展開をなぞったのも良いアイデアではあったと思う。しかし、結局前作の「今度こそ君だけは幸せにしてみせる」というセリフの真意は明かされないままあの展開になったので消化不良というかモヤモヤする。
なぜカヲルはシンジに始めから好意を抱いていたのか、序と破での意味深なセリフは何だったのか、まだまだ疑問が残るがそれは次作で回収されることを祈るしかない。もっとも制作にまつわる話などを聞いたら期待はできそうにもないが。

シンジは破での自分の行いによって、ひたすら状況に振り回されてしまうことになる。
とはいえサードインパクトの罪をシンジに押し付けるのもどうかと思うし、例え押し付けて疎んでいてもずっと眠っていて状況を知らないシンジに対してろくに説明もせず「何もするな」「エヴァに乗るな」だけ言ってむざむざとネルフに奪われるというのが間抜けすぎる。

あんなにシンジがエヴァに乗るのを警戒していたのに、ネルフからの奪還作戦とかも立てずにシンジとカヲル君にピアノを弾かせ続ける余裕を与えているミサトたちは何をしていたのか?何がしたかったのか?。
これならゲンドウかゼーレにまんまと利用されていただけだが、槍で槍なおそうとするシンジの方が目的意識と行動原理がはっきりしていてまだまともに見える。

アスカやミサトたちは大人なんだから、まだ眠っていたせいで子供のままのシンジをひたすら疎むんじゃなく、現在の状況とシンジのしたことについてまともに説明をするべきだったし、それをしていたらあの場面でシンジがネルフ側に行くこともなかっただろうに、い
い年してガキなのはミサトたちの方というくだらないオチになっているのが本当にひどい。

思い返すと、もしかしたらミサト側はシンジは正直いらない存在で、何かトリガーになるかもしれないので仕方なく身柄を拘束しているだけであり、ネルフに奪われたら奪われたでサードインパクトを起こした憎いシンジの世話をしなくてラッキーぐらいにしか思っていないということかもしれないが、作中の展開でもあったようにネルフに渡していたら明らかにやばいことが起きていたのに放置しておいたのはやはりおかしい気がする。

今回の作品単体では新しい状況に興味があり先が気になっていたがあの終わり方をするぐらいならあと30分でも尺を増やしてカヲル君の意味深発言の説明でもして欲しかったし、ミサトさん側の描写でも増やしてもっと納得のいく展開にして欲しかった。破では説得力のある展開にするために描写はとても丁寧だったのに、今回はひたすら雑な印象を受けた。

まあ何をどう考えてもどうしようもないので、事実をありのままに受け入れて続編を待つのが良いと思う。
キャプまる

キャプまる