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危険なメソッドのodyssのレビュー・感想・評価

危険なメソッド(2011年製作の映画)
3.8
【難しいテーマに挑んだ意欲作】

きわどく難しいテーマにクローネンバーグが挑んでいます。

心理学界の二大巨匠、フロイトとユング。ここでは若いユングが女性患者と出来てしまって、という実際にあった事件を中心に物語が進みます。

精神的な疾患をすべて性の問題に還元しようとした或る時点までのフロイト。最初はそのフロイト理論に基づいて活動を開始しながら、やがてそれに飽 き足らなくなって独自の理論を打ち立てていくユング。その辺までは私も知っていました。ただし、ここで扱われている女性患者とユングの関係についてはこの映画を見るまで知りませんでした。

もっとも、患者と医者の関係はなかなか微妙です。周防監督の映画『終の信託』もそういう手テーマの作品ですけど、特に精神上の疾患の場合、患者と医師が必要以上に心理的なつながりを持ってしまい、そこから色々な問題が生じることが少なくないらしいのです。また、肉体の病と違い、精神的な疾患は完治するということがなかなかないらしい。それだけ患者と医師が腐れ縁になりやすいということですね。

フロイトが最初はユングを後継者視していて、のちに袂を分かったこと自体は有名な話ですが、この映画を見て、ふたりの経済状況に差があったことを知りました。ユングは奥さんが資産家の娘で裕福だったのですね。一方、フロイトは医師とは言え子だくさんで物価の高いウィーンに住んでいる。また、作中でフロイトが「アーリア人が」というセリフを言うシーンがありますが、フロイトはユダヤ人だったために苦労をしていたわけで、実際ナチス時代になってから英国に亡命しています。そうした人種的な意識も多少影を落としていたのだな、と思いました。人間関係は、色々な要素が微妙にからみあって、親しくなったり疎遠になったりするものですから、その点でよくできた映画だと思います。

作中の音楽にも触れないわけにはいかないでしょう。ワーグナーの『ジークフリート牧歌』が使われていますが、これはワーグナーが妻コジマへのプレゼントとして作曲したもの。この曲がユングと女性患者の不倫愛のシーンに使われるのはちょっと皮肉な感じもないではありませんが、そもそもワーグナーの妻コジマも最初は別の男の妻だったので、いわば不倫愛の果ての略奪婚ですから、その意味では合っているのかも。
また、ワーグナーの『ニーベルングの指環』の『ラインの黄金』に出てくるせわしないメロディーが何度も繰り返し使われています。このメロディーが出てきて、そのあと女性患者がユングに「『ラインの黄金』が好き」と言うシーンが出てくるので、いわば予兆としての意味を持っているわけですね。
このように、この映画ではワーグナーの音楽がかなりシーンごとの意味を考えながら用いられています。

ヨーロッパの知的巨人2人と、そのはざまに生きた女性患者の物語。非常に堅実に作られていて、突き抜けたような感じはありませんが、それなりの満足度が得られる映画だと思います。
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