O次郎

救命艇のO次郎のレビュー・感想・評価

救命艇(1944年製作の映画)
3.6
第二次大戦末期の1944年のヒッチコック監督作品。
全編が一艘の救命ボートの中だけで展開する変わり種の密室劇。

本作の魅力は、主役の中年女性作家を演じるタルーラ=バンクヘッドに集約されるのではなかろうか。ヒッチコック監督作品のヒロインの中ではあんまり人気が高いほうではないみたいだけども...。
高価なコートやタイプライターを携えた美女として冒頭から救命艇に乗っており、最後に救助された敵ドイツ兵を始末しようといきり立つ男性陣に対し、あくまで人道的に、そして合理的に説得して彼を生かそうとする。
しかしながら一向に救助の見込みが無い状況下で、嵐に揉まれてコートもタイプライターも矜持も失って疲弊していく。
社会的地位の高い男性との恋路に辟易し、偶然にも自分と同郷出身であったブルーカラーの男性と一時の情を交わすも急激に冷めていく・・・。
場面も登場人物も一定の中でもきちんと展開する人間ドラマはさすがの手腕であり、無慈悲な画面の中に彼女のドスの効いたハスキーボイスが印象的に響く。

結末はなんとも尻切れトンボの印象が否めないが、時節のわりには政治的なプロパガンダは感じられず、人間の本質の一面を抉った意欲作かと思う。
万人には薦められないが、密室劇で風変わりな作品を、と言われれば挙げても良いかな、という塩梅。
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