Toineの感想文

愛に関する短いフィルムのToineの感想文のレビュー・感想・評価

愛に関する短いフィルム(1988年製作の映画)
4.4
【湿り気を帯びた情動】
旧約聖書の十戒をテーマに元々TVドラマとして製作された「デカローグ(1989)」全10話の6話目を劇場用に編集した作品です。

ものすごく静かだけど凄い映画でした。
筋書きもしっかりと作られていて非常に理解しやすかったのですがセオリーよりも感情を大事にしているなと感じました。

感情は穏やかだったり荒々しい時もあって、まるで変幻自在の水のよう。
そういう移ろいやすさをキェシロフスキ監督の作品を観ていると連想します。

執着、嫉妬、倒錯。

誰かを愛してしまったら理屈で説得されても気持ちは揺らがないし大好きな人の言動1つで幸せで駆け出したくなる。逆に地の底に落ちてしまうような絶望を感じる時だってある。
好きという気持ちは自分もましてや他人からはコントロールできない。

愛する人と自分自身の感情に振り回される主人公青年トメクさんの心の動きが興味深い。
想いを寄せるマグダさんの部屋を密かに覗き見ながら彼は毎夜理想の女性像を見ていた。
そして彼の想いが彼女の心の中に浸透しいつの間にか彼女が彼を追いかける。
少しずつ染み込んで境目がなくなって行く様がやはり水みたいだなって思いました。

たらいに張った水の中でじわじわ広がって行くトメクさんの血液と2人の立場が入れ替わって行く時間の流れがリンクしている。
窃視というやり方は理屈では良くない行いだけれど彼の気持ちは間違いなく純粋だったし、致すことが愛だと考える(それも間違っていないと思います)マグダさんの言葉を聞いて彼の中で描いていた理想の彼女の像が壊れてしまったというか汚したくなかったんだろうな。彼女を愛してるから。

"愛なんてない。幻想よ"と言ったマグダさんでしたが最後の彼女の表情からトメクさんの愛が確かにそこにあったのが伝わったのだと思いました。
あの瞬間にマグダさんが初めて本当の愛を知ったのかも知れません。

余談ですがトメクさんの声が低くてものすごく好みで耳が幸せでした。彼が愛したマグダさん役も綺麗な女優さんでした。