愛に関する短いフィルムの作品情報・感想・評価

「愛に関する短いフィルム」に投稿された感想・評価

デカローグの6話目の劇場版。デカローグは悲劇で終わるが劇場版は未来ある終わり方。クシシュトフの核としてはデカローグが正しい。
mtmg

mtmgの感想・評価

4.1
ストーカーものはよくあるけど、立場が逆転して再逆転するような話で引き込まれた。結局下宿先のお婆さんが全てを把握してたような描き方で、「恋の病です」とか普通に言い出すのも雰囲気があって良かった。
kwsmytr

kwsmytrの感想・評価

2.0
この映画のテーマになっている孤独は自分にはあまりにもわかりきったようなことであるからか、すごく退屈だった。
主要登場人物、全員孤独。

そして孤独を紛らわそうと、嘘の愛で誤魔化している。

見られる立場から見る立場へと、変わる滑稽な一部始終はじりじりとする。

容赦なく突き放される…
koro

koroの感想・評価

4.8
めっちゃ良かった!好きすぎて途中から心の中で唸りつづけた。
見る/見られるの逆転するあたりから本当に面白い。男の子は若いから、もっと未来があって違う人をすきになるかもしれんけど、確かにあれはあの歳にしか経験できんひとつの愛。それに触れてあの女性はきっと愛を思い出したに違いない~それは決してあの男の子に対してではないかな、でもきっとこれから生きるうえで大切にしていこう、と思える気付きだったはず。
あと画面とか光の入り方とか相変わらずのオシャン、この映画の雰囲気とすべてが一致している。興奮で変なことしか言えないけど良かったですほんとにほんとに
海

海の感想・評価

5.0
そのひとが欲しいとは少し違う、そのひとになりたい、のほうが近い恋。

愛するって何?
もっと簡単なのって、じゃあどれが愛じゃなくて恋じゃないの?ひとに譲ってもいい恋とか、支配したいなんて考えるはずもない愛の想い。嫉妬や執着や欲深さで、測れるんだったらどんなに楽だったろう。

ただ見ているだけだったんだよ。幸福の中に居て欲しかった。濡れた髪、部屋の中を踊るように動いて、何でもない癖も時間の並びまで覚えて。窓から見るその景色、まるで一枚の絵画のようだった。美しいから、愛しているから、そこに自分は居なくてもよかった。
あなたが手のひらで撫でた、零れたミルクの生ぬるい温度を知りたかった。流す涙だけ、この手で止めてあげたいと願った。
持て余した胸の温もりが、同じように泣き始めるよりもはやく、どんな言葉でもいいから伝えなくちゃいけなかった。
そうやって恋も愛も囁く。
今度アイスクリームを食べに行きませんか。

きっと彼女には忘れてしまった事かもしれないし、触れずに通りすぎたものかもしれない。覗き見をして芽生えた恋心や、19歳の「愛しています」なんてとても信じられなかった。まるで試すみたいに愛を説いて、押し付ける。
泣くまで。解るまで。恥じ入るまで。死んでしまうまで。はじめて同じ場所に立てる、でも、ここに連れてくる事よりも、あなたに成って幸福にしたいって、その願いがあまりに温かかったから

本能が怖気付いてしまうほど美しいひと。
恋なんて辞書に載ってなくていいし、ラブソングだって聴かなくていい。
名前すら知らなくても、他の誰一人愛した事なくても、これこそが愛だ。誰にも解かせない。あなたにだって説けない。
分ける必要も、解りやすく変えていく必要もなかった。
距離を縮めるごとに置いていくごとに変わっていけばいい。幸福になれるように、あなたにもっと近づけるように、わたしがあなたにならなくても、あなたがわたしを愛してくれるように。

美しいから、愛しているから、わたしがそばに居たかった。


これすごく好きだなあ。
男の子と向かいの女性が出会ってから一気に加速する。そして双眼鏡で失速して、また望遠鏡で駆けていく。
覗き見や悪戯とかしてたのとおんなじ目でおんなじ口で愛を語る時、視線は泳ぐしまなざしは鋭くて、言葉は少ないし声は上手く跳ねない。この心との距離がなんかくすぐったいし恥ずかしい。

愛って無限大。
世界中いっぺんに本気で愛について語る時、まちがいなくどれも正しいのだ。

2018/6/1

六月一本目これでよかった。
「終わりなし」のほうも観て主演の女優さん綺麗だなってやっぱり思ってたんだけど、「愛に関する短いフィルム」の向かいの女性の時、全然雰囲気の違う美しさがあってスゴイと思った。
『殺人に関する短いフィルム』と同様に、こちらも『デカローグ』のなかの『第6話 ある愛に関する物語』をロングバージョンにしたもの。

キェシロフスキの核心をつかむならば、まずは『デカローグ』から観た方が絶対にいい。

彼の手法のひとつに、バルザックを思わせる”人物再登場”があって、『トリコロール』三部作では、青・白・赤それぞれの主演者たちが再登場するのだけれど、『デカローグ』でも、その手法がとても生かされていることがひとつ。

もうひとつは、これもやはりバルザック風というか、人間に対する洞察がたいへんリアルで、胡散臭い(うさんくさい)ヒューマニズムなどを寄せつけない視点が、主題を異にした作品群である『デカローグ』でないと分かりづらいからだ。

とはいえ、キェシロフスキの最大の魅力は、そうした主題や脚本(ストーリー)や手法のようなものではなく、”何か”に満たされているワンショットごとの密度や質感だと思っている。

駄作がないというばかりでなく、駄目なショットが全作品を通して、まったくない。毎秒の密度で、時が刻まれていく質感を、全ショットを通して感じつづけることになる。

タルコフスキーがコンセプトとしてそうしたならば、キェシロフスキは作家の資質として、ナチュラルにそれをやっているとさえ思う。

愛に関する短いフィルム。

ストーリー自体は、こう言ってはなんだけれど、日活ロマンポルノもさりなんという内容で、どうということもない。

純真な童貞くんが、年増の悪い女に惚れてしまって、覗き見しているうちに、欲情が愛へと、青年期特有の昇華をとげていく。けれど、めちゃめちゃ恥ずかしい形で挫折する。

挫折させちゃった年増の悪い女は、その一方で、チェリーボーイ的真っ直ぐさにうたれてしまい、立場が逆転する。見られる側から見る側へ。見る側にまわることで、見られていた本当のものを知る。

ここに描かれるのは、いわゆる世間一般でいう”愛のようなもの”でないことは、キェシロフスキの核心をつかんだ人間でないとすごく分かりづらい。ロングバージョンのラストがそれに拍車をかけている。

キェシロフスキにとっては、愛とは不可能性のことであって、愛はその行いのなかで、ひとつの原罪のかたちをとるに過ぎない。

そして、そのことを語るのは、ストーリーではない。”何か”に満たされたフィルムの質感のみが、それを浮上させ、見つめ、時のなかに刻み、そして慰撫する。

その”何か”にふさわしい言葉をずっと探しているのだけれど、私はまだ発見できていない。それはもしかすると、日本語にはなく、ポーランド語にはある言葉なのかもしれない。
この感じ素晴らしい
一見すると歪んだ愛情のようだけど、実際は主人公が一番真っ直ぐな愛情を抱いてるっていう…
haru

haruの感想・評価

5.0
アイスクリームを食べに行きませんか。

19歳のトメクは、毎日向かいのアパートに住む熟女を一途にストーキング。彼女のためにちょー早起きしてミルクを届け、彼女に会うために偽の手紙を送り、彼女を見るために毎日望遠鏡で彼女の生活を覗き見。なんだただのストーカー日記かって思ってたら、中盤この一連の犯罪行為が本人にバレてからが最高なんです!個人的にここでトメクが彼女に「アイスクリームを食べに行きませんか」と誘うところが、すごくすごく好き!
見返りを求めることなく、一途に愛を捧げるトメクと、「愛なんて幻想」だと言う女。だけど人間は自分を守るために嘘をついたり、本当の気持ちを隠したりする。だからその人の本質って見た目や行動だけじゃわからない。キツそうに見えても、実は家で一人で泣いてるかもしれないし、もしかしたら自分で自分の弱さを認められないのかもしれない。覗き見行為は犯罪ですが、「見つめる」って大事です。
ただの気持ち悪いストーカーの話にならならいのがキェシロフスキの凄いところ。
愛してるって何?について考えさせられる。発するセリフも素晴らしいのだけど、セリフのない映像だけのシーンの間合いが本当に見事!ずっと観ていたい映像。特に最後は素晴らしい。
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