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アングスト/不安のgnspのレビュー・感想・評価

アングスト/不安(1983年製作の映画)
4.0

確かに「彼」の行動は間違いなく非道でグロテスクだ。
だが本筋はそこではない。

観客は徐々に、感情の発露の仕方を間違えてしまった、「彼」への同情の気持ちを芽生え"させられる"。
それがこの作品の最も恐ろしいところであり、それは「人間」の本質を曝け出す劇薬と化す。


序盤は予告でも使われた閉塞感と不愉快さを感じさせる、「彼」から吊り下げているようなカメラワークが非常に印象的。しかし後半ではそれが全く採用されず、逆に空撮まで使用して彼の周囲を映し出す。
内に内にと閉じ込めていた「彼」の欲望が放たれることによる開放感、更に言えば「救い」すら感じさせる演出だ。

実直なまでに欲望に従う、吸い込まれるような眼をした「彼」の必死さには、生物としての「本能」、そして不思議だがしかし確かな「かわいげ」を感じさせる。
我武者羅に行動する「彼」の大立ち回りに観客は心を寄せ、「同情」が芽生えていく。

そうか、「彼」にとってこの行為は幼少の頃から「家族」という地獄に虐げられ、そして出会う「女性」によって曲げられてきた、そんな自己を癒すための「復讐」、ひいては「癒し」なのであると。
次第に手にかけている「彼」の表情がとても悲しげなものに見え、そして「同情」する。


「彼」が犯した骸を尻目に。


「これは実話ベースで綴られた物語だ」と冒頭に但し書きがあろうと、私たちは目の前の「殺人ショー」をエンターテイメントとして楽しむ。
それはそれでメリハリのきいた「よき人生」であるのかもしれない。

それにしてもこの作品は、作り自体は質素でありながら自然と観客を「彼」の側に肩入れさせる。
「彼」自身の淡々としたモノローグなのだが、しかしそれと実際の心境がイコールだとはとても思えない。強がりがあると直感で解るからだ。


「ハウス・ジャック・ビルト」は途中で観客のジャックへの同情を断ち切ったが、反対にこの作品は、観客をそのまま「彼」の側へと雪崩れ込ませる。
「加害者側への歪な感情移入を促す」、そういう意味では(これは非常に安易なのでめちゃくちゃ使いたくないが)この作品も、「ジョーカー的」と言うこともできる。


私たちがシリアルキラーに惹かれるのは、ひとえに彼らが私たちの「if」だからに他ならない。


はたして私たちは、頭の中から完全に「彼」を追い出すことができるのか。
少なくともこの作品を「彼」の側について完全に楽しんでしまった私に、その自信はない。
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