20世紀イタリア文学を代表するディーノ・ブッツァーティの傑作『タタール人の砂漠』(1940年)を1976年に映画化した作品。俗世間から隔絶された砂漠の砦で「タタール人」を待ち続ける男たちに人生の儚さと夢の残酷さを見る。
これは戦争映画ではありません。主人公ドローゴは自分だと誰もが言いたくなるような思索的かつ普遍的な物語です。
明日には素晴らしいことがあるかもしれないと期待しながら生きるうち月日は驚くほどの早さで平凡にすぎてゆきます。子供のように微睡みながら登場した青年ドローゴのみずみずしさとラストの青白く疲れ切った横顔の対比は鮮烈で、悲しみと同時に決して得られないからこそ甘く匂う夢の余韻も感じました。
オルティス中佐のその後やアングスティーナの口髭など多少の改変はありましたが砦や砂漠のイメージはほぼそのままでした。おかげで読書の記憶を思い出しているのか映画を観ているのか分からなくなるくらい思う存分『タタール人の砂漠』にひたれました。せめて英字幕でもあればもっと深く感動できたろうにと思うと複雑ではあります。
実はクリップしてからどうにこうにも鑑賞したくてたまらず、カリフォルニアの非営利団体が運営するinternet archive で字幕なしで無料公開されていたのを見つけて見切り発車で鑑賞。こんなサイトがあるのも知りませんでした。便利な世の中になったものです。ちなみに米国の法律では合法とのことです。
イタリア語に不案内なため、軍服姿の男たちとウマと砂漠を眺める不思議な2時間になりました。それでもリマスターされた砂漠の映像美とエンリオ・モリコーネ氏による哀愁ただよう甘い旋律のおかげもあって心に沁みました。まだバスティアーノ砦で砂漠を見つめているような気持ちです。分からない言語での鑑賞は現地で見たボリウッドムービーふくめて人生2度目ですがなんでも試してみるものですね。ドローゴじゃないけれど迷っている間にも時は遁走し続けます。
ちなみに脇役にマカロニ・ウェスタンのスター、ジュリアーノ・ジェンマもいて原作にこんな目立つ奴いただろうかと思うくらい熱い男を演じていて印象的でした。
原作も岩波文庫で絶賛販売中なので全面的におすすめします。こちらはありがたいことに日本語で読めます!