ニューランド

くたばれ愚連隊のニューランドのレビュー・感想・評価

くたばれ愚連隊(1960年製作の映画)
3.1
✔『くたばれ愚連隊』(3.1p)及び『暗黒の旅券』(3.1p)▶️▶️

 鈴木清順が、’63からの極端な、異形なのか全開なのかよく分からないが圧倒的な、目に焼き付くイメージ造型には至らずも、基より、はみだしめ柔軟伸びと、プログラムピクチャーの要求の充たしの両面を、それなりに果たしてた、ユニーク且つ優秀な監督であった事を、ニンマリ安心しながら味わえる二本。特にファンというではないので、後者は初めて観た。
 『~愚連隊』。縦や横·斜めらの違いはあれど·基本直線長いカメラ移動、信号やクラブの照明のきっかけはあれど·車中のマスコット腹部や話し合ってる場全体の単一色合いの不自然次々切替え、舞踏に併せ歪み捻り踊る画面操り続く、一枚でバーンと皆が揃い打ち出すと·各人や動きに分散·分解カットらの弾けとバランスの良さ、極端な封建的上下の身分·しきたり押し付け社会や、西部劇的力づく暴力リード当たり前社会の混入。密度が増してく清順タッチの萌芽が散りばめられててニンマリ作品だが、今回は画質的劣化が以上を緩みの方へ受けを働かせたが、また綺麗なプリントで観ると違って、新鮮さが蘇ってくるのだろう。 
 奇抜なセット、ロケ場発掘、原色の物も程々に、ととにかく映画的に愉しく、世代の断絶を示す開放の騒々しさの対処差や共に区別無く育った親近感による、家筋重視閉鎖性を庶民的開放へ向かわせ、血を分けた肉親の情の煮詰まり·沸騰が、人間性無視の現代的か前近代的な強奪独占に立ち向かわせてく、話。ティーン向けで、法の張り巡らせや相互自戒共通概念など無いような、荒唐無稽もあっけらかんと、全くベトつかぬ。
 淡路島の名家が、男子無く·老婆だけとなり·血筋絶えそうで、その亡き息子が妾に産ませた子を東京でやっと発見、凱旋させるも、その資産を貧しきに開放志向はよくも、同時期一族の一部を落とし、儲け本位退廃的遊技場にすべく、あくどい東京の観光会社が手を伸ばしてくる。邪心なく馬力と正義感ある新御曹司·彼を本当に愛しくなる祖母·そして島を追われ子を手放し今は観光会社の所長愛人も改心の実母が、手を取り撃退へ。
---------------------------------------------------
 もう一本『~旅券』は、グレー色が強いプリントのモノクロだが、名コンビ永塚カメラマンの縦や横にスプリットレンズを噛ませた様な、明晰で理性的な絵のトーン、その落ち着きと連鎖に見とれ、アクションやアップ·惨状は割りと平板、総じてミステリーの部分には興味があまり湧かず仕舞いだった。
 新婚旅行出発時に、歌手である新妻を殺されていたバンドマンの夫の、警察の制止無視の単独捜査。真面目な妻の元に麻薬あり、同僚と妻のそれぞれの·きょうだいへのその途からの救いの世間に秘めての葛藤、同僚や芸能プロ関係の麻薬捌き一攫の策謀、バックの元締め外人らが浮き上がってくる。
 細かなWIPEやイメージらも、美しくもサスペンス醸しにはあまり効果なく、身内の犯人側も観客にはすぐ分かり、役者·キャラがあまり活かされてなくてパターン止まり、只主役の葉山の誠実さは結構感動的。
ニューランド

ニューランド