櫻イミト

13回の新月のある年にの櫻イミトのレビュー・感想・評価

13回の新月のある年に(1978年製作の映画)
3.5
バイセクシャルのファスビンダー監督が、愛人だった男優アルミン・マイアーの自殺を受けて自主制作した個人映画であり異色作。カメラも監督が回している。マイアーが睡眠薬の過剰摂取で亡くなったのが1978年5月31日。今作の最後にクレジットされる映画の撮了日が同年8月28日なので性急に作られたことがわかる。
映画は、「ベニスに死す」のテーマ曲(マーラー交響曲第5番第4楽章アダージェット)の美しい旋律のもとトランスジェンダーの主人公がゲイの男たちから半殺しに会うところから始まる。そして次のシーンでは「フェリーニのアマルコルド」(ニーノ・ロータ)と、立て続けに監督の好きなロマンティックなサントラにのって物語に導いていく。ところが直後、急転直下に牛の屠殺場のシーンに入り、生命が切り落とされ消えていく様子を長回しで丁寧に見せつける。そこにはリアルしかない。苦手なシーンで薄目で観たため字幕が読めなかったが表わそうとしていることは良くわかった。ここまでの20分余りを前提として、後は主人公の孤独な生きざま、その経緯と運命を解き明かしていく。
個人的な映画であり、監督の感傷と滲み出るセンスは興味深いが、主人公への共感までには至らなかった。劇中ザッピングしているテレビに監督本人のインタビュー画面が挿入される。「これほど映画を多作できる動力源は?」「ある種の精神障害だろうね」。ファスビンダー監督はこの映画の4年後にコカインの過剰摂取により37歳で死去した。その間、代表作となる「マリア・ブラウンの結婚」「ベロニカ・フォスのあこがれ」を残している。
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