あんじょーら

終の信託のあんじょーらのネタバレレビュー・内容・結末

終の信託(2012年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

1997年のある病院に勤める呼吸器科の折井綾乃(草刈 民夫)は医師であり充実した毎日を過ごしています。受け持ちの患者も多く、その中には最近入退院を繰り返す喘息患者江木 泰三(役所 広司)がいます。折井は同僚男性エリート医師である高井(浅野 忠信)と不倫関係の末に捨てられ、自暴自棄になり・・・というのが冒頭です。



映画の演出、見せ方の上手さが際立った作品でして、ミステリー仕立てであり、かなり引き込まれる作品です。原作がどういうものであったのか?読んでいないのでちょっと分からないのですが、期待していた以上の作品でした。



検察官である塚原(大沢 たかお)から被疑者であることを伝えられるのは物語の半ばです。冒頭から物語中盤までを、この映画の予告編では流しているわけです。この辺にある程度のミスリードとは言い過ぎかもしれませんが作為を、良い意味での伏線を感じました。



正直、冒頭から中盤までは、かなりのんびりとした、あまり良いとは言えない印象を持っていたのですが、これは演出なんですね。非常に納得の見事な演出と編集なんです。



役所さんの演技(とくに、あの、シーンはすさまじかったです!)、大沢さんの演技には納得しました。素晴らしかったと思います。草刈さんは、美人ですね。髪の毛を使った時間経過の表現は良かったです。また、検察官の部屋という閉じられ、変化の乏しい構図の中での光の使い方もはっとさせられる効果があって良かったです。そして全然存在感の無い、特徴が感じられない(無論そうした演出なんでしょうけれど)江木の妻役の人も凄いです。なかなか見たこと無いタイプの役者さんでした。



終末医療の問題は終末期が近づいて考えるのでは遅く、そもそも本人がどういう考え方の持ち主であるのか?家族はそのことをどう考えているのか?という根源的な、もっと言えば哲学的な考え方を答えさせられる問いであり、且つ正解が無い難しい問題だと思います。



観賞後に、観た人といろいろ語り合いたくなる傑作なのではないか?と思います。



終末医療を身近に考えて見たい方(というか全ての死んでしまう人に!)にオススメ致します。



アテンション・プリーズ!!



今回もネタバレありでの感想をまとめてみたくて、言葉にしてみたくて書いています。文章にすることで自分が何を感じ、他者に伝える最高の道具である『言葉』を使って表現することで、実際に 私は 何を 考え 感じたのか? がより深く理解できると考えているからです。もちろんこの文章をよんでいらっしゃる方に何か気がつき、伝えて頂けることで、より一層深い何かに気が付くのではないか?誰かとコミュニケートすることそのものが楽しいものであるから、です。











































映画の作りとして、中盤までの物語の非常に安易な、もの凄いステレオタイプな、切り口や演技、もしくは状況などに、結構な驚きがありました。草刈さん演じる折井の、とても共感を呼びにくいキャラクターであり、不倫していること、不倫相手に対する言葉使いや、情事の際の場所、未遂に終わる感情の吐き出し方、なんだか全てが手垢の付いた、語りつくされた、キャラクターであり、手法だと感じさせていて、これまでに周防監督が作った映画の新鮮さとはあまりに違っていて、残念な気持ちになってしまっていました。物語のスピードも極めて遅く感じられて、どうしても考える隙を与えているように感じられました。



ところが、終盤、検察官との尋問という密室劇になってからの、さらに江木の最後の場面をシリアスに包み隠さず衝撃的に描くことで、急激に物語のスピードが上がってより緩急が付いている為に、新鮮に感じられました。この演出といいますか編集は素晴らしいと思います。ついつい勝手にいろいろ考える隙を与えていて、その隙を突くかのような衝撃の場面を入れる、本当に上手いと思います。最近の傾向で言いますと、様々な事柄を扱う為に、物語を追うことで精一杯にすることでショックを与える、という感じが強くなっているので、余計に新鮮に感じました。



役所さんの演技は本当に素晴らしく、私は決して知っている見ているわけではないのに、とてもリアルに感じられ、そして恐ろしく、怖くさせるのが良かったです。子守唄、満州といった辺りが想像以上に江木の存在を身近ではなくしてしまった、時代としてかなり前に感じさせはしますが、しかし良かったです。



また、検察官を演じた大沢さんの笑みのこぼれ方はかなり怖く感じさせますし、言葉の端々に立ち上る『結局こちらの思ったとおりにさせるんだから、つまんない抵抗しないでさっさと従順になりなさいよ』という態度や思考の漏れを感じさせて上手いと思いました。ちょっとオーバーな演技はやりすぎな感じもしないではなかったですが、説得力はあります。




途中に挟まれる、折井がつぶやくある一言を受けて、検察官が唯一、折井の主張に同意した上で発せられる「それでは誰も医者になれない」という主旨の発言には心揺さぶられました。これは恐らく「医療」と「法」の両方に同じ意味合いで語られる言葉であると思います、誰もが完璧でない人である以上。そのジレンマを乗り越えようとする意思のチカラを、私はどんなお医者さんでも持っていると思います。そして、だからこそ「命を奪うものは殺人だ」という台詞が突き刺さるのです、法律に携わる者として。




確かに、『愛』の物語ではありますが、『愛』は様々な形をとる、としか言えないですね。『医療の最も基本的な原則は愛である』というのは私の大好きな「ドクターズ」エリック・シーガル著の扉に掲げられた言葉ではありますが、確かに『愛』と言えますね。





この映画はかなり好きな作品、完成度が高い、見せ方の上手い作品だと充分理解しつつ、やはり何処か違和感を感じさせる部分もあります。それは2つありまして、1つ目は何故折井は江木に尊厳死の具体的手続きを説明しなかったのか?ということと。2つ目は臨終に至った場面で江木と折井のみをフレームに入れて子守唄を謳わせたのか?です。



1つ目の尊厳死の手続きは、説明くらいあっても良かったと思いますし、もしかするとそういった話しをすることがそもそも無粋な関係である、と言いたかったのかも知れません。なにしろ検察官に殺人の疑義を聞かれた場合、折井は拒絶すれば、悪戯に死を招いたことになり、そして自分の感情を殺すことに直結します。だが認めて自分の感情を肯定することは、殺人を認めることに直結してしまうのですから。つまり愛情を認める場合は殺人者となり、殺人を否定すると愛を否定することになるわけで、どちらも厳しい選択です。



2つ目は江木臨終の場面。もしフレームの中に江木の家族や看護師が映っていれば、子守唄を謳う折井が医療人としていかに異常で常軌を逸した行動であったのか?が分かりますけれど、折井と江木以外をフレームアウトさせることで視野狭窄な演出になっていると思います。当然折井なり江木なりに感情移入して観ていればかなり感傷的でしょうけれど、私は個人的にはかなり折井の狂気を感じてしまいました。



あくまで個人的な感想ですけれど、せめて尊厳死の手続きの説明はあって良かったかな?その上で折井と江木の関係を見せても問題無い気がします。また江木の臨終場面をもっと引いた映像で観せられていれば、もっと客観的な視点に立てたかもしれません。その上で江木の家族が違和感を抱いて裁判、という流れが自然な気がします。



果たして江木は何を思っていたのでしょうか?江木にとっての村上春樹現象(確かに自身に非はないものの、行動を自分からは起こさず巻き込まれることで自己責任を綺麗に排除しつつ、物語に呑まれる現象)が起こっています。もう少し自己主張しても良いのではないか?とは思います。