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舟を編むのtakのレビュー・感想・評価

舟を編む(2013年製作の映画)
3.8
僕は子供の頃から、何か人に物事を伝える職業にどうも憧れていた気がする。そこには必ず言葉がつきまとう。それを武器にして仕事をするならば、きちんと伝えるために最も大切にすべきもの。だから言葉を大切にしている人が好きだし、それを駆使する人を尊敬する。それは今も変わらない。作家が一行一行に紡いだ文章、脚本家が絞り出した台詞、随筆で見つけた何気ないけど素敵な言い回し、力のこもった新聞の社説。そこに綴られるひとつひとつの言葉を時間をかけて収集し、その意味を記しているのが辞書。電子辞書が普及して学校への持参も認められる時代。だけど、めくったページにあった目的の言葉の周りに散りばめられた言葉たちは、僕らの知的好奇心を育んでくれた。だからこそ、紙の辞書は廃れて欲しくない、と思っている。

三浦しをんの小説「舟を編む」は、国語辞典「大渡海(だいとかい)」完成をめざす辞書編集部の人々の、人間模様を描いたもの。この大ベストセラーの映画化に挑んでくれたのが石井裕也監督。石井監督を起用してくれたことに感謝。監督作「あぜ道のダンディ」と同様に、この映画にも不器用だけど一所懸命な人々がたくさん登場する。原作よりもキャラが立つように工夫されたというシナリオもいい仕事。一人一人の登場人物に愛情が感じられる素敵な映画に仕上がっている。

予告編でも示された馬締(松田龍平)と香具矢(宮崎あおい)の恋が前半の見せ場。ラブレターをめぐるエピソードは原作と大きく改変された部分だと聞く。僕は玄関先での二人のやりとりの緊張感、宮崎あおいがこの映画で唯一感情を高ぶらせるこの場面が好きだ。猫を追っていく馬締が、月夜のバルコニー(と言うより物干し台?)で香具矢と初めて会うところの美しさ。月明かりに照らされた彼女は月からやって来たかぐや姫。このヒロイン登場シーンは、「GO」で柴崎コウが落語の語りをバックに登場する場面に匹敵する上手さだと僕は思う。きっと原作では素敵な言葉でこの情景が綴られているのだろうな。そして後半は、国語辞典完成に向けたクライマックス。仕事に向かう様々な人々の思いが描かれる。前半と同じように口数は少ないが、一筋にうやってきた自信を感じさせる馬締の態度や言葉遣いは、彼の成長を感じさせる。

この映画で示されるのは、言葉を大切にしている彼らの思いだけではない。仕事に向かう姿勢についても示されている。人には適材適所がきっとある。でもそこで花を咲かすにはそれなりの努力と時間が必要だ。この映画は、カイシャという箱の中で「オレって役にたててるんだろうか」と心で自問自答する僕らの背中をそっと支えてくれる優しさがある。馬締は誰も目から見ても変わり者。社内では使えない一人とされてきたが、そもそも言語学を専攻していた彼は、辞書編集部で言葉に向けられた常人にない興味と一途さが発揮されることになる。自分に自信がもてず、満足に人とコミュニケーションできなかった彼が、映画の終わりには辞書完成の為に熱のこもった言葉を発するまでに成長する。香具矢は、女性が少ない職業である板前を目指している。途中「女が板前なんて・・・」と迷いも口にするが、それでもひたむきに頑張っている健気な女の子だ。オダギリジョー演ずる西岡は、チャラそうだけど誠実なキャラクターが生きている。「継続は力なり」とよく言うけれど、変化が激しい現代社会で育った気が短い現代っ子にはピンとこない部分かもしれないけれど、物事を成し遂げるというのはこういうことだと教えてくれる。
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