野生の感性
なんというか、
人が社会の中で生きるということを野性味を捨て去る事なんだと考えてしまえば、
いわゆるプロフェッショナルと言われてる人の生き方を目にしたときに、
それがいかに軽率な考えだったかと思えてしまう。
そんな、
反省を思わずしてしまうほどに、
寿司職人、小野二郎から淡々と発せられる鋭い言葉の数々がぐさりと心に突き刺さる。
野性動物の感性を持った職人達が、
人間らしい振る舞いを見せつつも、
虎視眈々と技を磨き、その技を繰り出すその様が僕にはどうにも自然界での弱肉強食のメカニズムを彷彿とするようで、
非常にゾクッとしたドキュメンタリー。
徹底した分業制は一見すると人間的に見えるのだけれど、
実はそのスタイルこそが野生の仕組みなんだと思えてしまう。
生物界のヒエラルキーを見れば分かるように、野生の仕組みとは徹底した分業制。
生産者、消費者、分解者と
各段階での役割分担が決まっている。
それと同じように、
握られた寿司を僕らが食べるまでの幾段階の過程のなかにも、
やはり徹底した分業制がしかれていて、
漁師や市場関係者、買い付けに来る二代目、仕込みをする弟子、握る親方と、
各領域のプロフェッショナル達が集まって、
いわば生態系が育まれている。
その生態系が崩れないように信頼関係という名のもとに住み分けがなされ、
領域を犯さないように絶妙なバランスがとられている。
そして、その生態系の頂点に85歳という高齢にしてなおも君臨し続ける小野二郎という巨匠が突然、
「辛くなったら帰って来いと言う親はバカだ。」と、
淡々といい放つもんだから、
それを聞いて胸に傷を負わないわけがない。
クラシックの豪奢な音楽をバックに、
次々と握られていく宝石のように輝く寿司の映像がとにかく圧巻で、
そのエンターテイメント性がこのドキュメンタリーの見せ場なんだろうけど、
その人間ならではの娯楽性の裏にうごめいている野生味が、
何とも矛盾に満ちていて怖いくらいに感じてしまった。
ギラギラとした野性味を俯瞰できるところに人間と動物の最大の違いがあるんだと思えば、
自然と社会とに隔てられた境界のどちら側に僕は位置してるだろうか。
寿司を食う度に、
なんだかそんなことを思い出してしまいそうでいけない。
サビがツーンとしみるような、
そんな作品でした。