カオスな東京都知事選挙前日に偶然鑑賞。
幼稚な日本人の政治との関わり、国政や地政に対しての無学っぷりに日々憂鬱になり、学生時代の公民や政経の授業を思い出したりした。
エイブラハム・リンカーンの伝記映画というよりは、黒人奴隷の解放を記した「憲法修正13条」の成立を軸にした物語。
法による統治。
法の不備による憲法改正論議。
その「原理原則」にこだわり続けるスピルバーグ監督の「政治観」やドラマ演出は、そのフィルモグラフィー毎に成熟していく。
本作も、いわゆる歴史の中の英雄譚としてのリンカーンではなく、社会の中や政治の世界での「理想」の実現のためには、とにかく「根回し」が必要で「駆け引き」をし、あるいは妥協や二枚舌、加えて「すっとぼける」ことなどの手練手管が示される。
アカデミー主演男優賞も納得のダニエル・デイ・ルイスの何を考えているかわからないという不気味さと、理念の忠実さへの妄執を湛えた演技が圧倒的。
アメリカ史に対しては、知識がないと内容の詳細までは一度観ただけでは分かりづらい部分も多いが、大筋の流れは掴めるので比較的ドライな作劇の割にはしっかりエンターテイメントとしてわかりやすい。
その上で、基本は法案の可決を巡る「根回し」の地味な物語なのだが、平易な盛り上げを行わずとも会話劇としての説得力や、フィルムメイドな端正なルックなどで、難解さは皆無。
その上で「映画然」とした、情緒を抑えた演技やドラマティックさを過剰に詰め込んだ作劇は回避されているところが実にスマート。
法案可決までの展開はドラマティックに演出されつつ、ウェットになりがちな人物の内面ドラマは大幅に省略され、内容もミニマムに絞り込まれている。
ひとつの「歴史」ドキュメンタリーとしての部分を、再現ドラマに陥らない程度に、ラストの暗殺からの逝去までの流れは、感情移入させないようにかなりの淡々としたトーンで纏め上げる。
その上でトミー・リー・ジョーンズ演じるスティーブンスのように「大義」によるラジリズムの自滅というものも批評的に描かれ、理念と政治的アクションのバランスを見事に物語化してみせている。
高校の社会科の授業で誰もが観た方が良いと思えるほど教材として見事な映画。