ストレンジラヴ

ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン/ブリュッセル1080、コルメス3番街のジャンヌ・ディエルマンのストレンジラヴのレビュー・感想・評価

4.2
「またパパと結婚したい?」
「ひとりの方が気楽だわ」

物語開始の時点から6年前に夫を亡くしたジャンヌ(演:デルフィーヌ・セイリグ)は、女手ひとつで息子シルヴァンを育てている。日々の家事を淡々とこなし、隣人の赤ん坊の子守も引き受ける。だがシルヴァン不在の間、ジャンヌは自宅に男性を呼び入れては売春をする一面もあった。ある日の売春で情事に耽り過ぎたジャンヌは、うっかり夕食の支度を疎かにしてしまう。ここから次第に彼女の規則正しい生活が破綻していくのだった...。
英国映画協会が10年ごとに発表している「史上最高の映画100(2022年)」において第1位に輝いたということでとても気になっていた本作。観終わってみるとどこまでも不気味な作品だった。202分の上映時間のうち、ほとんどの映像はジャンヌの家事を映している。その間ジャンヌはほとんど喋らない。BGMもない、ナレーションもなく垂れ流しに近い。そして画角もジャンヌの家中に定点カメラを配置して撮影しており、映画というよりは盗撮というべき代物なのである。つまるところ、本作のあらゆる点において主体性というものが欠落している。ジャンヌは必要に迫られて行動しているだけで、「ああしたい、こうしたい」というものがまるでない。隣人から預かった赤ん坊ですらゆりかごごと食卓テーブルに置いたりソファに置いたりで「生命」というよりは荷物扱いだ。これほどまでに自我を欠いた(ここではとりあえずそのように書いておこう)ジャンヌが、情事をきっかけに綻びを見せ、最後には驚愕の行動に移るのである。
だが最後まで観て僕にはひとつ疑問が生じた。ジャンヌの生活が綻んだのはこれが初めてなのだろうか?下衆の勘繰りではあるが、物語の時点から6年ほど前にも一度生活が綻んだことがあったのではないだろうか?だとすると、ジャンヌに自我が存在しないという前提そのものが崩れてくる。そしてジャンヌは再び正体不明になるのである。
この女性、どこまでも気味が悪い...。