ブリュッセル1080、コルメス3番街のジャンヌ・ディエルマンの作品情報・感想・評価

ブリュッセル1080、コルメス3番街のジャンヌ・ディエルマン1975年製作の映画)

JEANNE DIELMAN, 23 QUAI DU COMMERCE, 1080 BRUXELLES

製作国:

上映時間:198分

4.4

「ブリュッセル1080、コルメス3番街のジャンヌ・ディエルマン」に投稿された感想・評価

yuien

yuienの感想・評価

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一見取るに足らない小さな綻びがやがて大きな破綻を呼ぶプロセスを無機質で冷徹に観察し、主婦の閉塞的な世界を日常の細部や繰り返されるルーティーンの描写によって、観客にも追体験させる。これを苦痛と感じる事が寧ろ正常で、それこそ監督の狙いだろう。完璧な形のフェミニズム映画。
フォロワーであるnagaoshanさんが4投下されていたハネケで思い出し

ある主婦の協和音→不協和音→蓄積→衝動…までの3日間を描いたド傑作。

朝(昼・夜)目覚めて、仕事(家事・勉強)をして、眠るまでの行動は習慣化し、人それぞれが自分にあった心地良いリズムを刻んでいる。
ただそんな規則正しい毎日は、何かによって乱される時があります。
それでも大抵の人たちは、その乱れを克服(妥協なども含む)・修復し、いつもの日常を取り戻すことができます。
中にはそれが出来ずに苦しんだり過ちを犯してしまう人もいる…

当然必要であったと確信できる200分の尺を、間延び感皆無で釘づけにする巧妙な演出。
【ネタバレなし】
はっきり言って完璧な映画。
今年見た映画の中で第1位。

観客が女性化されていく。
『めまい』の対になる映画。
(めまいでは観客が男性化されていくから。)

【2つのロジックがある。】

①映像内ロジック

秩序だった彼女の生活に、ミスが起きてくる。規則正しくセックスを売っていく。夫はもう死んでいる。セックスの快楽はない。単調でものすごくつまらない生活。しかしそれが少しずつズレていく。


②映像外ロジック

カメラが定点に置かれている。映像外に世界が存在する。最後に凄まじいことが起こるのに、すべての予兆がここに繋がっていたことが一気に分かる。彼女の世界はここで止まるのに、世界は回り続ける。

ほとんど完璧な作品。
CHEBUNBUN

CHEBUNBUNの感想・評価

4.7
【主婦の痛みを覗く】

ウォーホルがハンバーガーを食べるだけの映画に影響を与えたとかないとか言われるベルギーのミニマル映画。

3時間20分主婦の抑圧された生活が映し出される。料理シーンも3分間クッキングとは違い、準備から完成まで限りなくノンカットで描くリアリズム。

そこから、シングルマザーの
抑圧された主婦ライフの痛みが見えてくる。

一生に一度は観て損はない映画
tjr

tjrの感想・評価

4.2
主婦の日常を固定カメラで200分延々と窃視する。ドキュメンタリーかのような何気なさの中に実はドラマが内包されており、個々の動作は厳密に振り付けられたものだと知る。アンディ・ウォーホルのミニマルな映像作品の退屈さとは別種。
上映時間の長さも均整取れた構図、緊張感でカバーされる。
部屋への入出、エレベーターへの乗降、食材の調理、徹底して日常動作のみで心理的不和を表象していく姿勢に痺れた。
主婦という存在の「労働」的側面へ考えを促される印象深い作品。
おなみ

おなみの感想・評価

4.5
なーんの前情報なく飛び込みで観た。

観客の耳に障るという感覚をここまで信頼し、フル活用するなんて。

『さざなみ』同様、一見して突発とか衝動的な事象へのアプローチがここまでねちっこく描かれた作品は他に知らない。

気軽にまた観よう〜♪ってな映画ではないが、好きだなあ。
MiKFJ

MiKFJの感想・評価

4.8
アケルマンが25歳で撮った(オーソン・ウェルズが『市民ケーン』を撮ったのも同じ25歳だそう)淡々と日常を綴った日記映画。かとおもいきや、いやこれはなかなかにラディカルなフェミニズム映画のようです。

タイトルはジャンヌ・ディエルマンの住所と名前。40代にさしかかった彼女が息子と暮らすアパートメント、家、つまり閉じられた世界が舞台。

コツコツコツ…バタン!パチン、オギャー、ゴーーー。靴音、扉の音、照明スイッチの音、預かった赤ん坊の泣き声、アパートのエレベーターの音。劇伴はなく、それらが異様に耳につく。日常生活のささいなことすべてを見せられる。息子を学校に送り出す、買物に行く、ベットメイクをする、料理をする、コーヒーをいれる…とにかく膨大な家事のチェックリストを黙々とこなしていくこと、それを観客は物音のノイズとともに一緒に経験する、ただし、彼女が売春する時間を除いては。男を迎え入れ、送り出すシーンのあいだは映されない。

day1、完璧に家事一切をこなし滞りないいつもの日常。
day2、料理を失敗したり、息子が性への好奇心をあらわにしたりする。僕、父さんと母さんが夜何をしていたか知ってたよ。ジャンヌは、男と寝るなんてなんでもないことよ、と言いつつ母と女の均衡にざわめきとゆらぎが生まれる
day3、店は閉まっている、妹からプレゼントされた服のボタンはみつからない、珈琲は上手く入らない、カフェのいつもの定位置に先客がいる、いつものルーティンが上手くいかない。料理の下ごしらえも間に合わず、慌ただしく男を迎え入れるが、この日ははじめて寝室でのシーンが映される…

主演のデルフィーヌ・セイリグは
アラン・レネの『去年マリエンバートで』やトリュフォーの『夜霧の恋人たち』などで所謂キレイな役が多かった女優だけど、自らアケルマン作品への出演を希望したのだそうだ。
けれど上流階級の出身(アートへのホスピタリティはあるとはいえ)でコーヒーすらいれたことがなかった。
そのためデルフィーヌの身体を通じて、アケルマンは自身がずっと身につけ受け継いできた家事作業のリズムを表現した。即興ではない、すべて振り付けられたものーハイパーリアリズムであり、現代ではペドロコスタ、アピチャッポンに受け継がれていると言える(©大寺氏)
とにかく多くの映画作家に影響を与えた人らしい。

アケルマン追悼上映@アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ(大寺眞輔氏ティーチインあり、なので自分の感想と入り混じり及び長文ご容赦ください)
ムチコ

ムチコの感想・評価

5.0
マダム・ディエルマンのシンプル・ライフ。最高。

せりふも音楽もほぼないところに、日常のノイズ(カトラリーの触れ合う音、カーテンを閉める音、エレベーターのモーター音、赤ちゃんの泣き声など)が鋭く強調される。
几帳面な彼女の生活においては、「おイモが茹で上がる間のひと仕事」も「日常のノイズ」の一つだったはずなのに、少しずつそのノイズが膨らんでいく。

ラストシーンはあれしかないという感じで圧巻。
MinaIso

MinaIsoの感想・評価

4.3
死んでしまったの悲しいな。悲しさをそばに持った人だった。反復は、包括するととたんに刃を持つ。
InSitu

InSituの感想・評価

4.9
この映画は、ブリュッセル1080、コルメス3番街にあるマンションの一室に住む、ジャンヌ・ディエルマンという主婦の生活を監視し続ける、たったそれだけの映画である。ミニマルな構成。音楽も無し。台詞も少ない。それに加え、198分という恐ろしい上映時間。真っ先に思い浮かべたのは、タル・ベーラの"ニーチェの馬"という映画だった。起きて、仕事をして、食べて、寝る。それを繰り返すだけのミニマルな構成は、この映画と全く同じである。ニーチェの馬は、そのミニマルな生活に少しずつ生じていく"ズレ"が、日に日に大きくなっていくのが面白いポイントだったが、この映画もそうで、ジャンヌ・ディエルマンの生活に生じる"ズレ"を楽しむ映画となっている。ズレが日に日に大きくなっていって、最後にバーン、とはじける瞬間は戦慄そのものだった。William Basinskiという音楽家が作った、The Disintegration Loopsというコンピレーション集に入っている、"dlp 1.1"という1時間もある長尺の曲がある。ある古いクラシック曲のメロディーが5秒くらいの間隔でループされていく。そのメロディーが、時間とともに少しずつ、少しずつ崩れ落ちていき、最後はガタガタのボロボロになって終わる。といった曲なのだが、その曲を聴いた感想に近い感想を抱いた。日本版のDVD、VHSが出ていないのは非常に残念なことだが、自分のようなボンクラ高校生にも理解できるような、非常に簡単な英文だったので、そこまでの支障は無いように思います。というか、例え大きな支障があったとしても、それに見合うだけの感動がこの映画にはあります。この映画凄いから。映画好きなら絶対に気にいると思う。
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