ブリュッセル1080、コルメス3番街のジャンヌ・ディエルマンの作品情報・感想・評価

ブリュッセル1080、コルメス3番街のジャンヌ・ディエルマン1975年製作の映画)

JEANNE DIELMAN, 23 QUAI DU COMMERCE, 1080 BRUXELLES

製作国:

上映時間:198分

4.3

「ブリュッセル1080、コルメス3番街のジャンヌ・ディエルマン」に投稿された感想・評価

No.592[他人を演じるということ、別の人生を生きるということ] 80点

みんな大好きジャンヌ・ディエルマンを私は初めて見るのだが、これがまた不思議な映画だった。ちなみに言いたいのだが、正しい邦題は「ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン」だ。コルメスでも3番地でもないから、この邦題はどっからとってきたのだろうか?住所間違えたら手紙戻ってくるぞ。

映画の内容以前に”演技とはなにか”という面で考えさせられた。
まず商業俳優という職業があり、それに対して素人俳優と呼ばれる人々がいる。前者の中でも上手い下手があり、後者も同様である。素人を使うので有名なのはブレッソンや濱口竜介なんかがいる。他にもリアリティの追求のために使う場合(ベッケル「穴」、イーストウッド「パリ発15時17分」)や別ジャンルの人間を主演にする(アイドル映画など)なんてこともある。ただ、その多くに共通するのが、”演技=他人を演ずること”だと思う。他人を演ずるということは、つまり別の人生を生きるということであり、俳優はカメラを通して監督の求める熱量の”人生”を送るのだ。
という観点から見ればデルフィーヌ・セイリグはジャンヌ・ディエルマンという些細なボタンの掛け違えから狂気に転落する上流階級の未亡人の人生を生きているし、同時にデルフィーヌ・セイリグという「去年マリエンバートで」とか「ミュリエル」とかに出演した女優としてカメラの前にも立っているのだ。なんかどっかで見たなと思ったら「彼女について私が知っている二、三の事柄」の冒頭だ。

私の考えは、映画は演劇の派生であるので根源的には商業俳優とそれに感情移入することで得られるカタルシスが演技の真髄としているのだが、別に異論は認めるし異論側から傑作を見出すこともある。ただ、魂に共鳴するかどうかで映画の評価は大きく変わると思うから、やはり演技って共感だよね、と思ってしまう。こんな甘ちゃんな私をお許しあれ。

物語は、よく”ミニマルな実験映画の傑作”と言われる通り、主婦の抑圧された日常が少しずつ狂っていき、最後に狂気に転落するというありそうでなかった話である。最もよく本作品を表しているのが、作中にも登場するボードレールの「敵」という詩である。これは時間の無慈悲な経過と人間の人生に対する哀しみを綴った詩なのだが、ジャンヌ・ディエルマンの人生そのものである。夫に先立たれ、思春期の息子とはほぼ会話もなく、生活費のためにベビーシッターや売春を淡々とこなす日々。時間は無限に過ぎるが、自分は何もなし得ていないという感覚。恐ろしや。

まぁ、時期も悪かった。長かったので2日に分けたのだが、後半は「イカリエXB-1」と「四月の永い夢」という最強映画を見た後に見る羽目になったので評価が上手く付けられない。というわけで、いつか再見することを願ってCriterionのBlue-rayをポチったのだった…
加賀田

加賀田の感想・評価

4.0
コーヒーも入れたことがなかったという上流階級出身のデルフィーヌ・セイリグがアケルマンによって「女性の身振り」を強いられることで、 セイリグはテクスト内外で二重に「女性」であるのだと思う。『何故R氏は発作的に人を殺したか?』は見なくてもよいが、『ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン』は見る必要がある。
Mitsunoir

Mitsunoirの感想・評価

4.7
最初は身体を洗っていたんですね。部屋で落ち着かなくなりつつも座ってる固定ショットはものすごい息が詰まった。動きほぼなしのロングラストショットにはもう唖然というか言葉を失った。筆舌に尽くしがたいってやつじゃ。

単調というより習慣化された日常のシーンの積層が光なき道を歩み続けているような倦怠を充満させ、途中から生まれるズレと不協和の増加に伴ってえも言われぬ不安が込み上げてくる。何を見ていたのか。不完全のようで完璧な映画だった。

最近買ってなかったけど、じゃがいも買おうかな。ルーティーン的とはいえどんだけじゃがいも食うんだよ。
DK

DKの感想・評価

4.0
個人的なことだが、本作を観る前に『I don’t Belong Anywhere』を観てしまったことが本当に悔やまれる(ネタバレあり)。
映画としてはとても面白い、というかあまり観察者として映画を観ることがないので、妙に気合を入れて鑑賞してしまう…ラストシーンまでジャンヌがずっと同じ顔なのがほんと怖い。ホラー。終始流れる生活音というか雑音が奇妙な味わいを出している。
yuien

yuienの感想・評価

-
一見取るに足らない小さな綻びがやがて大きな破綻を呼ぶプロセスを無機質で冷徹に観察し、主婦の閉塞的な世界を日常の細部や繰り返されるルーティーンの描写によって強調する。彼女“たち”を徐々に扼殺していくのは 窒息するほど単調な空間。ヴァージニア・ウルフが主張していた「家庭の天使を殺す」ことの必然性を痛感させる一作。
フォロワーであるnagaoshanさんが4投下されていたハネケで思い出し

ある主婦の協和音→不協和音→蓄積→衝動…までの3日間を描いたド傑作。

朝(昼・夜)目覚めて、仕事(家事・勉強)をして、眠るまでの行動は習慣化し、人それぞれが自分にあった心地良いリズムを刻んでいる。
ただそんな規則正しい毎日は、何かによって乱される時があります。
それでも大抵の人たちは、その乱れを克服(妥協なども含む)・修復し、いつもの日常を取り戻すことができます。
中にはそれが出来ずに苦しんだり過ちを犯してしまう人もいる…

当然必要であったと確信できる200分の尺を、間延び感皆無で釘づけにする巧妙な演出。
【ネタバレなし】
はっきり言って完璧な映画。
今年見た映画の中で第1位。

観客が女性化されていく。
『めまい』の対になる映画。
(めまいでは観客が男性化されていくから。)

【2つのロジックがある。】

①映像内ロジック

秩序だった彼女の生活に、ミスが起きてくる。規則正しくセックスを売っていく。夫はもう死んでいる。セックスの快楽はない。単調でものすごくつまらない生活。しかしそれが少しずつズレていく。


②映像外ロジック

カメラが定点に置かれている。映像外に世界が存在する。最後に凄まじいことが起こるのに、すべての予兆がここに繋がっていたことが一気に分かる。彼女の世界はここで止まるのに、世界は回り続ける。

ほとんど完璧な作品。
CHEBUNBUN

CHEBUNBUNの感想・評価

4.7
【主婦の痛みを覗く】

ウォーホルがハンバーガーを食べるだけの映画に影響を与えたとかないとか言われるベルギーのミニマル映画。

3時間20分主婦の抑圧された生活が映し出される。料理シーンも3分間クッキングとは違い、準備から完成まで限りなくノンカットで描くリアリズム。

そこから、シングルマザーの
抑圧された主婦ライフの痛みが見えてくる。

一生に一度は観て損はない映画
t

tの感想・評価

4.2
主婦の日常を固定カメラで200分延々と窃視する。ドキュメンタリーかのような何気なさの中に実はドラマが内包されており、個々の動作は厳密に振り付けられたものだと知る。アンディ・ウォーホルのミニマルな映像作品の退屈さとは別種。
上映時間の長さも均整取れた構図、緊張感でカバーされる。
部屋への入出、エレベーターへの乗降、食材の調理、徹底して日常動作のみで心理的不和を表象していく姿勢に痺れた。
主婦という存在の「労働」的側面へ考えを促される印象深い作品。
おなみ

おなみの感想・評価

4.5
なーんの前情報なく飛び込みで観た。

観客の耳に障るという感覚をここまで信頼し、フル活用するなんて。

『さざなみ』同様、一見して突発とか衝動的な事象へのアプローチがここまでねちっこく描かれた作品は他に知らない。

気軽にまた観よう〜♪ってな映画ではないが、好きだなあ。
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