半兵衛

癒しの遊女 濡れ舌の蜜/墨東綺譚の半兵衛のレビュー・感想・評価

4.2
『墨東綺譚』を原作のニュアンスを生かしつつ2010年当時の現代に再構築し、それでいてピンク映画としても成立させた奇跡のような作品。

エロさと艶やかさとはかなさを身体から醸し出す遊女(風俗嬢)役の早乙女ルイ、まるで永井荷風本人が憑依したかのような狷介な作家役の那覇隆史が素晴らしく、この二人の演技が映画を支えていると言っても過言ではないと思う。特に早乙女ルイは今までの墨東綺譚の映像化作品の中でも一番原作のキャラに合っていると思う(次いで墨田ユキ、山本富士子は美人すぎて論外)。

現代では失われた玉の井を、上野周辺を舞台とすることによって原作の世界観を浮かび上がらせる手腕も見事。実際上野は早乙女演じる女性が住んでいる古い家が結構あり、新宿や池袋、渋谷とも違う古さや老成感のある独特な空気感があるのでナイスチョイスだと思う。

原作で主人公の作家が構想する小説『失踪』を、妻がいるにも関わらず別の女と付き合っていた男が彼女と結婚する羽目になり事情を話せず追い詰められた男が結婚式場に火をつける…という実際にあった事件の展開にすることで現代的なアプローチをすることに成功している。またこういう「実際にあった事件を現実に即して映像化する」というやり方はかつて若松孝二や渡辺護、向井寛といったピンクの先輩監督たちがやっていたことなので、彼らへのリスペクトなのかも。

遊女と作家による短くも充実した交流の時間が、夏の思い出となって淡く消えていくラストが切ない。荒木太郎作品によく出てくる八ミリフィルムや花火が切なさを膨らませると同時に、二度と戻らない苦くも甘い夢の時間であることを感じさせ余韻を残す。
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