とうじ

ノスタルジアのとうじのレビュー・感想・評価

ノスタルジア(1983年製作の映画)
5.0
本作は、「うまくいかない」ことに対してどう折り合いをつけるのかという映画であると感じた。
ソ連からイタリアに亡命した心臓病を患っている主人公は、故郷に家族を置き去りにしてきた。彼は愛人はいるものの、ずっと指に結婚指輪をはめており、家族に対する想いは苦しいほど彼の心を満たしていく。
彼はソ連に戻りたいのか?彼は詩人で、ある音楽家の伝記を書いている最中であり、その音楽家は同じような境遇でソ連に帰った後、自殺した。
また、彼はイタリアの滞在先で、変なおじさんと知り合いになる。彼は世界の終わりから家族を守るため、10年くらい自分の家族を廃墟に監禁していたという過去を持つという。
そのような要素が、主人公の苦しみとこだましていくうちに、果たして主人公は何を望んでいるのか、というのがどんどん曖昧模糊となっていく。とにかくうまくいかない。彼の心を蝕むノスタルジーは、主観的世界と客観的世界のズレの上に成り立っているのではないか?
その「思うようにいかなさ」に対して一つ即物的な回答として提示されるのがやはり自殺である。しかしある男が自殺する最中にベートーヴェンの第九が爆音で歪みながら流れる場面では、どうも思うようにいっていない。
本作を通して提示されるのその難問に対して、ものすごい力で挑むラストシーンには正直脱帽した。
本作のような、繊細な感性が見ている人に染みこむような映画体験は本当に稀有なので、多分私はこの先この映画を何度も見るのだろうと確信している。
ゴミと土と水が溜まった廃墟の床にどんどんズームインしていくと、それが地形を上から見たようになっていくという信じがたい美しさを持つ場面がある。
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